・・・ 或る日、C女史の晩餐に李牧師とその息子の天錫が招待されて来た。天錫の静かな慎しみぶかさや、生粋な中国の聰明さにみちた風貌は、淑貞のこころに東洋の香りを充満させた。 天錫はまた一目で見てとった。なつかしい故郷の化身のように生々と自分・・・ 宮本百合子 「春桃」
・・・アメリカの大審院判事W・O・ダグラスというひとがニューヨークのある晩餐会で話したという言葉がつたえられている。「いまや世界の各地には、かつてアメリカでおこなわれたと同じような革命が進行しつつある。大切なのはこれにたいする管理と指導である。将・・・ 宮本百合子 「「人間関係方面の成果」」
・・・何とか理解し合う機会にもと、Aは、二月の十一日から十三日迄、私の誕生日をよい折に、二人を晩餐に招こうとした。一月の中旬から考を定め、二人の気にさわらないようにフォーマルなインビテーションを書き、都合を問ねて置いたのである。 けれども、何・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・英語の夢でうなされなくなった時、下宿の晩餐にいちいち襟飾を代えて出るのが面倒くさくなくなった時、頭の蓋を一寸開けてなかを見せて呉れ。彼は英国を理解しているばかりではない。すでに英国人のように考え、云い始めている。英国までの旅費は高いから行っ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・十年前にあなたとある所の晩餐会で御一しょになりましたの。その時はあなたがまだ栗色の髪の毛をしていらっしゃいました。わたくしもあの時から見ると、髪の色が段々明るくなっています。晩餐を食べましたのは、市外の公園の料理店でございました。ちょうど宅・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「辻馬車」
・・・ 宿の者らの晩餐は遅かった。灸は御飯を食ぺてしまうともう眠くなって来た。彼は姉の膝の上へ頭を乗せて母のほつれ毛を眺めていた。姉は沈んでいた。彼女はその日まだ良人から手紙を受けとっていなかった。暫くすると、灸の頭の中へ女の子の赤い着物がぼ・・・ 横光利一 「赤い着物」
吉をどのような人間に仕立てるかということについて、吉の家では晩餐後毎夜のように論議せられた。またその話が始った。吉は牛にやる雑炊を煮きながら、ひとり柴の切れ目からぶくぶく出る泡を面白そうに眺めていた。「やはり吉を大阪へ・・・ 横光利一 「笑われた子」
・・・で、文人画をいくつも見せてもらっているうちに日が暮れ、晩餐を御馳走になって帰って来たのである。 漱石は『吾輩は猫である』のなかで、金持ちの実業家やそれに近づいて行くものを痛烈にやっつけている。また西園寺首相の招待を断わって新聞をにぎわせ・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫