・・・大川に臨んだ仏蘭西窓、縁に金を入れた白い天井、赤いモロッコ皮の椅子や長椅子、壁に懸かっているナポレオン一世の肖像画、彫刻のある黒檀の大きな書棚、鏡のついた大理石の煖炉、それからその上に載っている父親の遺愛の松の盆栽――すべてがある古い新しさ・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・瓦斯煖炉の炎も赤あかとその木の幹を照らしているらしい。きょうはお目出たいクリスマスである。「世界中のお祝するお誕生日」である。保吉は食後の紅茶を前に、ぼんやり巻煙草をふかしながら、大川の向うに人となった二十年前の幸福を夢みつづけた。……・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・これもやはりざあざあ雨の降る晩でしたが、私は銀座のある倶楽部の一室で、五六人の友人と、暖炉の前へ陣取りながら、気軽な雑談に耽っていました。 何しろここは東京の中心ですから、窓の外に降る雨脚も、しっきりなく往来する自働車や馬車の屋根を濡ら・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・大形な陶器の瓦斯煖炉も見えた。その煖炉の前を囲んで、しきりに何か話している三四人の給仕の姿も見えた。そうして――こう自分が鏡の中の物象を順々に点検して、煖炉の前に集まっている給仕たちに及んだ時である。自分は彼等に囲まれながら、その卓に向って・・・ 芥川竜之介 「毛利先生」
・・・ただ一つ覚えているのは、待合室の煖炉の前に汽車を待っていた時のことである。保吉はその時欠伸まじりに、教師と云う職業の退屈さを話した。すると縁無しの眼鏡をかけた、男ぶりの好いスタアレット氏はちょいと妙な顔をしながら、「教師になるのは職業で・・・ 芥川竜之介 「保吉の手帳から」
・・・しかし、じきに二人は、仲よくなって、暖炉の前に腰をかけて、チョコレートやネーブルを食べながらお話をします。 夜になると、華やかな電燈が、へやの中を昼間のように明るく照らします。そこへ、女のお客さまがあると、へやじゅうは香水の匂いでいっぱ・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・赤く焼けている瓦斯煖炉の上へ濡れて重くなった下駄をやりながら自分は係りが名前を呼ぶのを待っていた。自分の前に店の小僧さんが一人差向かいの位置にいた。下駄をひいてからしばらくして自分は何とはなしにその小僧さんが自分を見ているなと思った。雪と一・・・ 梶井基次郎 「泥濘」
・・・と案内した、導かれて二階へ上ると、煖炉を熾に燃いていたので、ムッとする程温かい。煖炉の前には三人、他の三人は少し離れて椅子に寄っている。傍の卓子にウイスキーの壜が上ていてこっぷの飲み干したるもあり、注いだままのもあり、人々は可い加減に酒が廻・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・ 吉原は暖炉のそばでほざいていた。 飼主が――それはシベリア土着の百姓だった――徴発されて行く家畜を見て、胸をかき切らぬばかりに苦るしむ有様を、彼はしばしば目撃していた。彼は百姓に育って、牛や豚を飼った経験があった。生れたばかりの仔・・・ 黒島伝治 「橇」
・・・ 患者がいなくなるので朝から焚かなかった暖炉は、冷え切っていた。藁布団の上に畳んだ敷布と病衣は、身体に纒われて出来た小皺と、垢や脂肪で、他人が着よごしたもののようにきたなかった。「あゝ、あゝ、まるで売り切りの牛か馬のようだ。好きなま・・・ 黒島伝治 「氷河」
出典:青空文庫