・・・丈の高い高粱が、まるで暴風雨にでも遇ったようにゆすぶれたり、そのゆすぶれている穂の先に、銅のような太陽が懸っていたりした事は、不思議なくらいはっきり覚えている。が、その騒ぎがどのくらいつづいたか、その間にどんな事件がどんな順序で起ったか、こ・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・一行は穂高山と槍ヶ岳との間に途を失い、かつ過日の暴風雨に天幕糧食等を奪われたため、ほとんど死を覚悟していた。然るにどこからか黒犬が一匹、一行のさまよっていた渓谷に現れ、あたかも案内をするように、先へ立って歩き出した。一行はこの犬の後に従い、・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・ この動物は、風の腥い夜に、空を飛んで人を襲うと聞いた……暴風雨の沖には、海坊主にも化るであろう。 逢魔ヶ時を、慌しく引き返して、旧来た橋へ乗る、と、 と鳴った。この橋はやや高いから、船に乗った心地して、まず意を安ん・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・鯨の冬の凄じさは、逆巻き寄する海の牙に、涙に氷る枕を砕いて、泣く児を揺るは暴風雨ならずや。 母は腕のなゆる時、父は沖なる暗夜の船に、雨と、波と、風と、艪と、雲と、魚と渦巻く活計。 津々浦々到る処、同じ漁師の世渡りしながら、南は暖に、・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・……御存じかも知れません、芳年の月百姿の中の、安達ヶ原、縦絵二枚続の孤家で、店さきには遠慮をする筈、別の絵を上被りに伏せ込んで、窓の柱に掛けてあったのが、暴風雨で帯を引裂いたようにめくれたんですね。ああ、吹込むしぶきに、肩も踵も、わなわな震・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・子で、しかも長男で、この生れたて変なのが、やや育ってからも変なため、それを気にして気が狂った、御新造は、以前、国家老の娘とか、それは美しい人であったと言う…… ある秋の半ば、夕より、大雷雨のあとが暴風雨になった、夜の四つ時十時過ぎと思う・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・中にも、ぬしというものはな、主人というものはな、淵に棲むぬし、峰にすむ主人と同じで、これが暴風雨よ、旋風だ。一溜りもなく吹散らす。ああ、無慙な。一の烏 と云ふ嘴を、こつこつ鳴らいて、内々その吹き散るのを待つのは誰だ。二の烏 はははは・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 一つ、別に、この畷を挟んで、大なる潟が湧いたように、刈田を沈め、鳰を浮かせたのは一昨日の夜の暴風雨の余残と聞いた。蘆の穂に、橋がかかると渡ったのは、横に流るる川筋を、一つらに渺々と汐が満ちたのである。水は光る。 橋の袂にも、蘆の上・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……何しろ十年ばかり前には、暴風雨に崖くずれがあって、大分、人が死んだ処だから。」―― と或友だちは私に言った。 炎暑、極熱のための疲労には、みめよき女房の面が赤馬の顔に見えたと言う、むかし武士の話がある。……霜が枝に咲くように、汗・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 小宮山は、妙な事を聞くと思いましたが、早速、「いや、幸い暴風雨にも逢わず、海上も無事で、汽車に間違もなかった。道中の胡麻の灰などは難有い御代の事、それでなくっても、見込まれるような金子も持たずさ、足も達者で一日に八里や十里の道は、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
出典:青空文庫