・・・かつて或る暴風雨の日に俄に鰻が喰いたくなって、その頃名代の金杉の松金へ風雨を犯して綱曳き跡押付きの俥で駈付けた。ところが生憎不漁で休みの札が掛っていたので、「折角暴風雨の中を遥々車を飛ばして来たのに残念だ」と、悄気返って頻に愚痴ったので、帳・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・この絵を描いたろうそくを山の上のお宮にあげて、その燃えさしを身につけて、海に出ると、どんな大暴風雨の日でも、けっして、船が転覆したり、おぼれて死ぬような災難がないということが、いつからともなく、みんなの口々に、うわさとなって上りました。・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・この絵を描いた蝋燭を山の上のお宮にあげてその燃えさしを身に付けて、海に出ると、どんな大暴風雨の日でも決して船が顛覆したり溺れて死ぬような災難がないということが、いつからともなくみんなの口々に噂となって上りました。「海の神様を祭ったお宮様・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・ 人々は、十年ばかり前にあった大暴風雨の夜のことを記憶から呼び起こしました。そして、三人のものがいまだに行方不明であることを思い出したのであります。「よく帰ってきた。もうみんなは死んだものと思っていた。おまえたちは、幸福の島にでも救・・・ 小川未明 「明るき世界へ」
・・・ すると二日めの夜のこと、思いがけなく暴風雨に出あいまして、みんなまったくゆくえ不明になってしまいました。私とほかの二、三のものだけが、やっと一そうの船を見出して、そのほばしらに止まって命が助かりました。私は、太郎さんにそのことを知らせ・・・ 小川未明 「つばめの話」
・・・ある年の秋、ある晩、夜のひき明けにかけてひどい暴風雨があった。明方物凄い雨風の音のなかにけたたましい鉄工所の非常汽笛が鳴り響いた。そのときの悲壮な気持を僕は今もよく覚えている。家は騒ぎ出した。人が飛んで来た。港の入口の暗礁へ一隻の駆逐艦が打・・・ 梶井基次郎 「海 断片」
・・・この大暴風雨の中でも、せめて一つ、木花咲耶姫へのお礼の為に、誰かが苦心して、のろしを挙げているのであろう。私は、わびしくてならなかった。この憎い大暴風雨も、もとはと言えば、私の雨着物の為なのである。要らざる時に東京から、のこのこやって来て、・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・地震のために折れ落ちたのかそれとも今朝の暴風雨で折れたのか分らない。T君に別れて東照宮前の方へ歩いて来ると異様な黴臭い匂が鼻を突いた。空を仰ぐと下谷の方面からひどい土ほこりが飛んで来るのが見える。これは非常に多数の家屋が倒潰したのだと思った・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・雪のふるのがほんとうだそうですが、この晩は暴風雨のような雨が降ってひどい天気でした。記念にバウムの写真をとりたいと思って、町へマグネシウムを買いに出ましたら、町の家々の窓にもワイナハトバウムの光が映って、ところどころ音楽も聞こえて愉快そうに・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ 二 九月二十四日の暴風雨に庭の桜の樹が一本折れた。今年の春、勝手口にあった藤を移植して桜にからませた、その葉が大変に茂っていたので、これに当たる風の力が過大になって、細い樹幹の弾力では持ち切れなくなったもの・・・ 寺田寅彦 「断片(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
出典:青空文庫