・・・時には数百里も遠い大洋のまん中であばれている台風のために起こった波のうねりが、ここらの海岸まで寄せて来て、暴風雨の先ぶれをする事もあります。このような波の進んで行く速さは、波の峰から峰、あるいは谷から谷までの長さいわゆる「波の長さ」の長いほ・・・ 寺田寅彦 「夏の小半日」
・・・低気圧だとか、暴風雨だとか言うよ。道をきくと、車夫のくせに、四辻の事を十字街だの、それから約一丁先だのと言うよ。ちょいと向の御稲荷さまなんていう事は知らないんだ。御話にゃならない。大工や植木屋で、仕事をしたことを全部完成ですと言った奴がある・・・ 永井荷風 「十日の菊」
・・・ああ よき暴風雨穢れなき動乱。雨よ豊かに降り濺いで長い日でりに乾いた土壤を潤せ。嵐よ仮借なく吹き捲って徒らな瑣事と饒舌に曇った私の頭脳を冷せ。春三月 発芽を待つ草木と二十五歳、運命の隠密な歩調・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・フランクリンの凧の逸話は人口に膾炙しているが、一七五二年の九月の暴風雨のその一夜にいたる迄には、ギリシャ人たちが琥珀の玉をこすっては、軽いものを吸いつけさせて遊んでいた時代から二千年もの人類の歴史がつみ重ねられて来ている。電気――エレキへの・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ 二 土曜日は四日で、あの大暴風雨であった。六日に麹町の網野さんのところまで誘いに行った。往きに私の歯医者を紹介する約束があった。飯田橋で三時すぎYと落ち合い、万世橋行の電車に乗った。「網野さんに行く先・・・ 宮本百合子 「九月の或る日」
・・・時には息もつまるような大暴風雨で、小さい人間共の魂を、いやと云う程打ちのめす事もあるのでございます。 C先生。 東西を連山で囲まれた湖畔は、非常に天候が不定でございます。今のように朗らかに晴れ渡った空も、・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・ 七八月のような大暴風雨の後、梅雨がすっかりはれ上った。柔い若葉をつけたばかりの梧桐はかぜにもまれ、雨にたたかれた揚句、いきなりかっと照る暑い太陽にむされ、すっかりぐったりしおれたようになって、澄んだ空の前に立って居る。 六月の樹木・・・ 宮本百合子 「一九二三年夏」
・・・或る時は、春さきの暴風雨だ。濡れた心から芽が萌える。苦しさ、この苦しさは旱魃だ。乾く。心が痛み、強ばり罅が入る。 私はどうかして一晩夢中で悲しみ、声をあげて泣き、この恐ろしい張りつめた心の有様から逃れたい。私の感傷は何処に行った。ああ本・・・ 宮本百合子 「文字のある紙片」
・・・謂わば、条件のよくない風土に移植され、これ迄伸び切ったこともない枝々に、辛くも実らしいものをつけた果樹が、第二次世界大戦の暴風雨によって、弱いその蔕から、パラパラと実を落されたと云えないであろうか。これ迄のフランス文化が自身の古い土壌の上で・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
出典:青空文庫