・・・残念ながらわが国の書店やデパート書籍部に並んでいるあの職人仕立ての児童用絵本などとは到底比較にも何もならないほど芸術味の豊富なデザインを示したものがいろいろあって、子供ばかりかむしろおとなの好事家を喜ばすに充分なものが多数にあった。その中に・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・向きの雑貨のほかに、一九三三年の東京の銀座にあると同じような新しいものもあるのである。書店の棚にはギリシア語やヘブライ語の辞書までも見いだされる。聖書の講義もあればギャング小説もある。 郵便局の横町にナンキン町がある。店にいて往来人をじ・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ 今度小山書店から出版された「妖魔詩話」の紹介を頼まれて、さて何か書こうとするときに、第一に思い出すのはこの前述の不思議な印象である。従って眼前の「妖魔詩話」が私に呼びかける呼び声もまたやはりこの漠然とした不思議な印象の霧の中から響いて・・・ 寺田寅彦 「小泉八雲秘稿画本「妖魔詩話」」
・・・ 大きな書店の陳列棚をひやかしていると、実にたくさんの本がある。俳句の本、山登りの本、唯物論的弁証法の本、ゴルフの本、なんでも無いものはないように見える。ところが、何かしらある些細な題目についてやや確実詳細な具体的知識を得たいと思って参・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・今書店の店頭に立っておびただしい少年少女の雑誌を見渡し、あのなまなましい色刷りの表紙をながめる時に今の少年少女をうらやましく思うよりもかえってより多くかわいそうに思うことがある。 生まれて初めて自分が教わったと思われる書物は、昔の小学読・・・ 寺田寅彦 「読書の今昔」
・・・私だけの注文を言えば、書店の店頭の大きな立て札もやめてもらいたいくらいである。そのかわりにまじめな信用のできる紹介機関がほしい。なるべく公平な立場からあらゆる出版物を批評して、読者のために忠実な指導者となるものがあってほしい。これは完全を望・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
子供の時分から「丸善」という名前は一種特別な余韻をもって自分の耳に響いたものである。田舎の小都会の小さな書店には気のきいた洋書などはもとよりなかった、何か少し特別な書物でもほしいと言うと番頭はさっそく丸善へ注文してやります・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・ 三 書店の二階の食堂で昼飯を食いながら、窓ガラス越しに秋晴れの空をながめていた。遠くの大きな銀行ビルディングの屋上に若い男が二人、昼休みと見えてブラブラしている。その一人はワイシャツ一つになって体操をしてみたり・・・ 寺田寅彦 「LIBER STUDIORUM」
・・・神田を歩いてあの数多い書店の棚から棚とあさって歩いて見ても、連句に関する書籍の数は全体の何万分の一にも足りない少数である。日本人でありながらロシア人やアメリカ人になったような気持ちで浮かれた事を満載した書物はよく売れると見えて有り過ぎるほど・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・まだ病気にならぬ頃、わたくしは同級の友達と連立って、神保町の角にあった中西屋という書店に行き、それらの雑誌を買った事だけは覚えているが、記事については何一つ記憶しているものはない。中西屋の店先にはその頃武蔵屋から発行した近松の浄瑠璃、西鶴の・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
出典:青空文庫