・・・ 私はその払戻し用紙に四拾円也としたため、それから通帳の番号、住所、氏名を書き記す。通帳には旧住所の青森市何町何番地というのに棒が引かれて、新住所の北津軽郡金木町何某方というのがその傍に書き込まれていた。青森市で焼かれてこちらへ移って来・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・どろぼうに就いての物語には、違いないのだけれど、名の有る大どろぼうの生涯を書き記すわけでは無い。私一個の貧しい経験談に過ぎぬのである。まさか、私がどろぼうを働いたというのではない。私は五年まえに病気をして、そのとき、ほうぼうの友人たちに怪し・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・いろはにほへと、一字一字原稿用紙に書き記す。」「女は、おさきに、とうしろで挨拶をする。」「ちりぬるをわか、と書いて、ゑひもせす、と書く。それから、原稿用紙を破る。」「いよいよ、気ちがいじみて来たね。」「仕方がないよ。」「・・・ 太宰治 「雌に就いて」
・・・ 今斯うしてせわしい時をいとう事もなく悲しかった時の事をその事によって得た心持を書き記す事をするのも何と云う心が私に斯うさせるのであろう。 皆骨肉のあやしい愛情が私の手にペンをとらせ文字を綴らせるのではないか。 只一人の妹を失っ・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
出典:青空文庫