・・・私のこれまでの生涯を追想して、幽かにでも休養のゆとりを感じた一時期は、私が三十歳の時、いまの女房を井伏さんの媒酌でもらって、甲府市の郊外に一箇月六円五十銭の家賃の、最小の家を借りて住み、二百円ばかりの印税を貯金して誰とも逢わず、午後の四時頃・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・そして最小の仕事を費やして最大の効果を得るという原則に従った方がいい。卒業試験は正にこの原則に反するものである。」 それでは大学入学の資格はどうしてきめるかとの問に対して、「偶然に支配されるような火の試練でなく、一体の成績によればい・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・この競技は速度最小という消極的なレコードをねらうところに一種特別の興味がある。できるだけのろく燃えるという事と、燃えない、すなわち消火するという事とは本質的にちがうのである。これに対してたとえば百メートルの距離をできるだけのろく「走る」競技・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・雨の落下の流れに対してあひるに可能な最小な断面を向けるような格好をしている。科学も何も知らないあひるは、本能に教えられて最も合理的な行動をすると見える。人間はどうかすると未熟な科学の付け焼き刃の価値を過信して、時々鳥獣に笑われそうな間違いを・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・古い村落は永い間の自然淘汰によって、颱風の害の最小なような地の利のある地域に定着しているのに、新集落は、そうした非常時に対する考慮を抜きにして発達したものだとすれば、これはむしろ当然すぎるほど当然なことであると云わなければならない。 昔・・・ 寺田寅彦 「颱風雑俎」
・・・ 一体電子を借りなければ説明の出来ないような諸現象がまだ発見されず、物質の最小部分が原子だとして充分であった時代において、原子は更に一層微細なる部分より成ると論ずる人があったとすれば、その人は空想家か哲学者であって少なくも実験科学者では・・・ 寺田寅彦 「物質とエネルギー」
・・・上にひっぱり、しかもそれに加えて傷病兵の一群をまもり、さらに惨苦の行動を行っているのにくらべて、アメリカの近代科学性は、航空力によって天と地との間に立体的桶をつくり、立体的機動性をもって敏速に、生命の最小犠牲で戦線を進展させていることを描い・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ 芸術家としては最小抵抗線を行くものであるツルゲーネフのこの態度が、血気旺なトルストイを焦立たせたということは、実によくわかる。ツルゲーネフがヴィアルドオ夫人やその夫と共にパリの客間で「スラヴ人の憂愁」について語っていた時分、十歳年下の・・・ 宮本百合子 「ツルゲーネフの生きかた」
出典:青空文庫