・・・作の力、生命を掴むばかりでなく、技巧と内容との微妙な関係に一隻眼を有するものが、始めてほんとうの批評家になれるのだ。江口の批評家としての強味は、この微妙な関係を直覚出来る点に存していると思う。これは何でもない事のようだが、存外今の批評家に欠・・・ 芥川竜之介 「江口渙氏の事」
・・・然れども君の小説戯曲に敬意と愛とを有することは必しも人後に落ちざるべし。即ち原稿用紙三枚の久保田万太郎論を草する所以なり。久保田君、幸いに首肯するや否や? もし又首肯せざらん乎、――君の一たび抛下すれば、槓でも棒でも動かざるは既に僕の知る所・・・ 芥川竜之介 「久保田万太郎氏」
・・・「来たるべき文化がプロレタリアによって築かれるものならば、それは純粋にプロレタリア自身が有する思想と活力とによって築かれねばならぬ。少なくともそういう覚悟をもってその文化を築こうという人は立ち上がらねばならぬ。同時に、その文化の出現を信ずる・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・ すべての迷信は信仰以上に執着性を有するものであるとおり、この迷信も群集心理の機微に触れている。すべての時代を通じて、人はこの迷信によってわずかに二つの道というディレンマを忘れることができた。そして人の世は無事泰平で今日までも続き来たっ・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・――そうしてその発達がもはや完成に近い程度まで進んでいることは、その制度の有する欠陥の日一日明白になっていることによって知ることができる。戦争とか豊作とか饑饉とか、すべてある偶然の出来事の発生するでなければ振興する見込のない一般経済界の状態・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・殊に欧風の晩食を重ずることは深き意味を有するらしい、日中は男女老幼各其為すべき事を為し、一日の終結として用意ある晩食が行われる、それぞれ身分相当なる用意があるであろう、日常のことだけに仰山に失するような事もなかろう、一家必ず服を整え心を改め・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・そんならその不満を破壊する決心を有するかというと、決心を有さないではないが、常にその決心を鈍らす因襲の思想が頭脳のドコかで囁やいて制肘する。二葉亭の一生はこの葛藤の歴史であって、独り文人たるを屑しとしなかったばかりでなく、政治的方面にも実業・・・ 内田魯庵 「二葉亭四迷」
・・・意味を為さない、聖書は旧約と新約とに分れて神の約束の書である、而して神の約束は主として来世に係わる約束である、聖書は約束附きの奨励である、慰藉である、警告である、人はイエスの山上の垂訓を称して「人類の有する最高道徳」と云うも、然し是れとても・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・その一例を挙げますれば日本国の二十分の一の人口を有するデンマーク国は日本の二分の一の外国貿易をもつのであります。すなわちデンマーク人一人の外国貿易の高は日本人一人の十倍に当るのであります。もってその富の程度がわかります。ある人のいいまするに・・・ 内村鑑三 「デンマルク国の話」
・・・いま、第三インターナショナルの運動を別にしては、全世界にその信徒を有すると知られている、基督教徒の行動に対しても、私は、いまだ全く絶望するものでない……。 これは、私にとって、特殊的な場合でありますが、長男は、来年小学校を出るのですが、・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
出典:青空文庫