・・・こうなればあらゆる商売のように、所詮持たぬものは持ったものの意志に服従するばかりである。犬もとうとう嘆息しながら、黍団子を半分貰う代りに、桃太郎の伴をすることになった。 桃太郎はその後犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食に、猿や雉を家・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・しかしあの理窟に服従すると、人間は皆死ぬ間際まで待たなければ何も書けなくなるよ。歌は――文学は作家の個人性の表現だということを狭く解釈してるんだからね。仮に今夜なら今夜のおれの頭の調子を歌うにしてもだね。なるほどひと晩のことだから一つに纏め・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・むしろ当然敵とすべき者に服従した結果なのである。彼らはじつにいっさいの人間の活動を白眼をもって見るごとく、強権の存在に対してもまたまったく没交渉なのである――それだけ絶望的なのである。 かくて魚住氏のいわゆる共通の怨敵が実際において存在・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 人は、自分が従来服従し来ったところのものに対して或る反抗を起さねばならぬような境地(と私は言いたい。理窟は凡に立到り、そしてその反抗を起した場合に、その反抗が自分の反省の第一歩であるという事を忘れている事が、往々にして有るものである。・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・人は誰しも自由を欲するものである。服従と自己抑制とは時として人間の美徳であるけれども、人生を司配すること、この自由に対する慾望ばかり強くして大なるはない。歴史とは大人物の伝記のみとカーライルの喝破した言にいくぶんなりともその理を認むる者は、・・・ 石川啄木 「初めて見たる小樽」
・・・渠らは服従をもって責任とす。単に、医師の命をだに奉ずればよし、あえて他の感情を顧みることを要せざるなり。「綾! 来ておくれ。あれ!」 と夫人は絶え入る呼吸にて、腰元を呼びたまえば、慌てて看護婦を遮りて、「まあ、ちょっと待ってくだ・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・いつでも旧思想の圧迫に温和しく抑えられて服従しておる。文人は文人同志で新思想の蒟蒻屋問答や点頭き合いをしているだけで、社会に対して新思想を鼓吹した事も挑戦した事も無い。今日のような思想上の戦国時代に在っては文人は常に社会に対する戦闘者でなけ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・しかし、日本の文学の考え方は可能性よりも、まず限界の中での深さということを尊び、権威への服従を誠実と考え、一行の嘘も眼の中にはいった煤のように思い、すべてお茶漬趣味である。そしてこの考え方がオルソドックスとしての権威を持っていることに、私は・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・威権の世界なれば也、階級の世界なれば也。服従の世界なれば也。道理や徳義の此門内に入るを許さざれば也。 蓋し司法権の独立完全ならざる東洋諸国を除くの外は此如き暴横なる裁判、暴横なる宣告は、陸軍部内に非ざるよりは、軍法会議に非ざるよりは、決・・・ 幸徳秋水 「ドレフュー大疑獄とエミール・ゾーラ」
・・・鉄砲撃ちの平田と言えば、この地方の若い者は、絶対服従だ。そうだ、あしたの晩、おい文学者、俺と一緒に八幡様の宵宮に行ってみないか。俺が誘いに来る。若い者たちの大喧嘩があるかも知れないのだ。どうもなあ、不穏な形勢なんだ。そこへ俺が飛び込んで行っ・・・ 太宰治 「親友交歓」
出典:青空文庫