・・・ しかしその死甲斐のない死に方でさえ、生きているよりは、どのくらい望ましいかわからない。私は悲しいのを無理にほほ笑みながら、繰返してあの人と夫を殺す約束をした。感じの早いあの人は、そう云う私の語から、もし万一約束を守らなかった暁には、ど・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・真理に対する態度としても、望ましい語でしょう。ところが遺憾ながら、西南戦争当時、官軍を指揮した諸将軍は、これほど周密な思慮を欠いていた。そこで歴史までも『かも知れぬ』を『である』に置き換えてしまったのです。」 愈どうにも口が出せなくなっ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・それほどの覚悟なしに口の先だけで物をいっているくらいなら、おとなしく私はブルジョアの気分が抜けないから、ブルジョアに対して自分の仕事をしますといっているのが望ましいことに私には見えるのだ。近ごろ少しあることに感じさせられたからついあんな宣言・・・ 有島武郎 「片信」
・・・二人が共同の使命を持ち、それを神聖視しつつ、二人の恋愛をこれにあざない合わせていくというようなことであれば、これは最も望ましい場合である。 七 私の経験と、若干の現実的示唆 以上は青年学生としての恋愛一般の掟の如きも・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・恋の灼熱が通って、徳の調和に――さらに湖のような英知と、青空のような静謐とに向かって行くことは最も望ましい恋の上昇である。幾ら上って行ってもそのひろがりは詩と理想と光との世界である。平板な、散文の世界ではない。それがいのちというものの純粋持・・・ 倉田百三 「女性の諸問題」
・・・ いったん愛し合い結び合った者は一生離れず終わりを全うするのが美しく望ましいのはいうまでもない。この現実の世ではそうした人倫の「有終の美」は稀なだけにどんなに尊いかしれない。天智天皇と藤原鎌足のような君臣の一生的の結びは彼の漢の高祖や源・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・もっとよけいに俸給を取っている者が望ましい。 肉に饉えているのは兵卒ばかりではなかった。 松木の八十五倍以上の俸給を取っているえらい人もやはり貪慾に肉を求めているのであった。「私、用があるの。すみません、明日来てくださらない。」・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・もう一層の深い研究が望ましいと思われる。 主役のすみれ娘はオリジナルな愛嬌と頭脳の持主らしく随所に一種の俳諧を発揮しているようである。若返りの博士はからだでする表情をもう少し腹の中へしまい込んだ方がこの映画の俳諧的雰囲気に相応わしいので・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(5[#「5」はローマ数字、1-13-25])」
・・・しかし、一体そういう自由がこの世に有り得るものか、どの程度までそれが可能であるか、またその可能限度まで自由を許すことが、当該学者以外の多数の人間にとって果していつでも望ましい事であるか。こういう問題を、少し立入って考究し論議するとなると、事・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・ろわが国でも土俗学的の研究趣味が勃興したようで誠に喜ばしいことと思われるが、一方ではまたここに例示したような不思議な田園詩も今のうちにできるだけ収集し保存しまたそれを現在の詩の言葉に翻訳しておくことも望ましいような気がするのである。・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫