・・・東京ももう朝晩は大分凌ぎよくなっているでしょう。どうかお子さんたちにもよろしく言って下さい。 芥川竜之介 「手紙」
・・・(決意を示し、衣紋私がお前と、その溝川へ流れ込んで、十年も百年も、お前のその朝晩の望みを叶えて上げましょう。人形使 ややや。夫人 先生、――私は家出をいたしました。余所の家内でございます。連戻されるほどでしたら、どこの隅にも入れまし・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・お蔦 まあ、お位牌はちゃんと飾って、貴方のおふた親に、お気に入らないかも知れないけれど、私ゃ、私ばかりは嫁の気で、届かぬながら、朝晩おもりをしていますわ。早瀬 樹から落ちた俺の身体だ。……優しい嫁の孝行で、はじめて戒名が出来たくらい・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・ りんご畑には、朝晩、鳥がやってきました。子供は、よく口笛を吹いて、いろいろな鳥を集めました。そして、鳥の性質について若者に教えましたから、若者は、人間や、自然を彫刻したり、また焼き画に描いたりしましたが、鳥の姿をいちばんよく技術に現す・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・そうして、もう一人のちぢれ髪の娘のまくらもとには、赤いとこなつ草がありました。その娘は、不思議に思って、その花を庭に植えました。そうして、朝晩、花に水をやって、彼女はじっとその花の前にかがんで、その花に見入りました。すると、ありありと姉さん・・・ 小川未明 「夕焼け物語」
・・・東北へと走っている嶺を伝わって下って行けば、ついには一つの流に会う、その流に沿うて行けば大滝村、それまでは六里余り無人の地だが、それからは盲目でも行かれる楽な道だそうだ、何でも峠さえ越してしまえば、と朝晩雁坂の山を望んでは、そのむこうに極楽・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・彼女はその静かさを山家へ早くやって来るような朝晩の冷しい雨にも、露を帯びた桑畠にも、医院の庭の日あたりにも見つけることが出来るように思って来た。「婆や、ちょっと一円貸しとくれや」 とある日、おげんは婆やに言った。付添として来た婆やは・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・右には染谷の岬、左には野井の岬、沖には鴻島が朝晩に変った色彩を見せる。三時頃からはもう漁船が帰り始める。黒潮に洗われるこの浦の波の色は濃く紺青を染め出して、夕日にかがやく白帆と共に、強い生々とした眺めである。これは美しいが、夜の欸乃は侘しい・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・ 親譲りの目は物覚えが悪いので有名である。朝晩に見ている懐中時計の六時がどんな字で書いてあるかと人に聞かれるとまごつくくらいであるが、写真の目くらい記憶力のすぐれた目もまた珍しい。一秒の五十分の一くらいな短時間にでもあらゆるものをすっか・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・東京へ帰ってみると却って朝晩はうすら寒いくらいである。そうして熊の出ない東京には熊より恐ろしいギャングが現われて銀行を襲ったという記事で新聞が賑わった。色々のイズムはどんな大洋を越えてでも自由に渡って来るのである。 市が拡張されて東京は・・・ 寺田寅彦 「札幌まで」
出典:青空文庫