・・・それは温厚篤実をもって聞こえた人で世間ではだれ一人非難するもののないほどまじめな親切な老人であって、そうして朝晩に一度ずつ神棚の前に礼拝し、はるかに皇城の空を伏しおがまないと気の済まない人であった。それが年の始めのいちばんだいじな元旦の朝と・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ そのうちにまた曇天が続いて朝晩はもう秋の心地がする。どうかすると夜風は涼し過ぎる。涼み台もつい忘れられがちになった。従って星の事ももう子供の頭からは消えてしまっているらしい。新星の今後の変化を研究すべき天文学者の仕事はこれから始まるの・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・そしてこの竹びしゃく作りなら、熊本の警察がいくら朝晩にやってこようと、くびになる怖れがなかった。「しかし、彼女は竹びしゃく作りの女房になってくれるだろうか?」 そして、またそこへくると、三吉はギクリとする。鼻がたかくて、すこし頭髪の・・・ 徳永直 「白い道」
・・・そいつらを皆病気に罹らせて自分のように朝晩地獄の責苦にかけてやったならば、いずれも皆尻尾を出して逃出す連中に相違ない。とにかく自分は余りの苦みに天地も忘れ人間も忘れ野心も色気も忘れてしもうて、もとの生れたままの裸体にかえりかけたのである。諸・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・病院では朝晩熱湯をくれる。〔欄外に〕 ロシア人と茶。午後三時茶がわく。シュウイツァールの男がクルシュクールもってそっと歩いて行く。エイチャイピーラの唄=事務所の茶=クベルパルトコンフェレンスのトリビューンにもさじのついた茶のコッ・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・入れてやらぬと云う……それじゃあおじさんが死ぬるまでわしらはやっぱりめっかちだ、師走の晦日におじさんは古参の順に降させて 「この性わるなだるまめは 一寸も利益がないのみか 朝晩湯水をくらい居る」ひとあしポーン・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
・・・ 一番総領が十三になる孝ちゃんと云う男の子で次が六つか七つの女の子、あとに同じ様な男だか女だか分らない小さいのが二人居るので、随分と朝晩はそうぞうしい。 上の子が、恐ろしい調子っぱずれな声を張りあげて唱歌らしいものを歌って居ると、わ・・・ 宮本百合子 「二十三番地」
・・・「木の葉があんなに染まるのでございますから、朝晩お寒くなりましたのも無理はございませんね」 姉娘が突然弟を顧みて言った。「早くお父うさまのいらっしゃるところへ往きたいわね」「姉えさん。まだなかなか往かれはしないよ」弟は賢しげに答えた・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
・・・これは初の日から極めてあるので、朝晩とも同じである。 石田は先ず楊枝を使う。漱をする。湯で顔を洗う。石鹸は七十銭位の舶来品を使っている。何故そんな贅沢をするかと人が問うと、石鹸は石鹸でなくてはいけない、贋物を使う位なら使わないと云ってい・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・「いいえ、大そう好い方でございますが、もうこんなに朝晩寒くなりましたのに、まだ単物一枚でいらっしゃいます。寒い時は、上からケットを被って本を読んでいらっしゃるのでございます。」お上さんは私に座布団を出して、こう云った。「はてな。工面・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫