・・・きのう木炭の配給を取りに一里も歩いて足に豆が出来たんだとか言っている。」 太宰治 「雀」
・・・ 九 炭 木材を蒸焼にすると大抵の有機物は分解して一部は瓦斯になって逃げ出し、残ったのは純粋な炭素と灰分とが主なものである、これがすなわち木炭である。質の粗密によってあるいは燃え切りやす・・・ 寺田寅彦 「歳時記新註」
・・・「あいつは昨日、木炭のそりを押して行った。砂糖を買って、じぶんだけ帰ってきたな。」雪童子はわらいながら、手にもっていたやどりぎの枝を、ぷいっとこどもになげつけました。枝はまるで弾丸のようにまっすぐに飛んで行って、たしかに子供の目の前に落・・・ 宮沢賢治 「水仙月の四日」
・・・ずうっと下の方の野原でたった一人野葡萄を喰べていましたら馬番の理助が欝金の切れを首に巻いて木炭の空俵をしょって大股に通りかかったのでした。そして私を見てずいぶんな高声で言ったのです。「おいおい、どこからこぼれて此処らへ落ちた? さらわれ・・・ 宮沢賢治 「谷」
・・・ 宿題もみんな済ましたし、蟹を捕ることも木炭を焼く遊びも、もうみんな厭きていました。達二は、家の前の檜によりかかって、考えました。(ああ。此の夏休み中で、一番面白かったのは、おじいさんと一緒に上の原へ仔馬を連れに行ったのと、もう一つ・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
・・・とにかくこの罐へ入れてやれば、木炭はそっくりとれるしさ、ハムもすぐには売れなくたって仲間へだけは頒けられるからな。」「さあよし、やろう。キューストはたびたび来て見てくれるだろう。」「ああ、ぼくは畜産の方にも林産製造の方にも友だちがあ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 例えばこの頃の私たちの生活は、木炭のことについても、さまざまの新しい経験をしつつある。昔流にいえば、まだ一家の主婦でない若い女のひとはそんなことには娘時代の呑気さでうっかり過したかもしれないが、今日は、主婦でない女のひとも、やはりこの・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ロシアのひどく炭酸ガスを出す木炭の入った小箱がある。柵があって中に台つきコップ、匙などしまってある。車掌は旅客に茶を出す。小型変電機もある。壁に車内備付品目録がはってあるのを見つけた。 ――モスクワへ帰るとみんな調べうけるんですか?・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・らず、男一人に女五人の割というフランスで、夕方華やかな装いで街の女が歩きはじめる並木道の一重裏の通りを、黒い木綿の靴下をはいた勤労の女たちが、疲労の刻まれた顔で群をなしていそいで遠い家路に向っていた。木炭瓦斯で自殺したというものの名は、新聞・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・ 新しい日本の生活というものは、希望とか要望とかいう生やさしいものではなくて、この刻々のうちに木炭切符のなかから砂糖切符のなかから湧き出して来ている現実である。青年の成長力にとって、下宿の食物は益々空腹を充すに足りないものとなりつつある・・・ 宮本百合子 「生活者としての成長」
出典:青空文庫