・・・ 華表の前の小道を迂回して大川の岸に沿い、乗合汽船発着処のあるあたりから、また道の行くがままに歩いて行くと、六間堀にかかった猿子橋という木造の汚い橋に出る。この橋の上に杖を停めて見ると、亜鉛葺の汚い二階建の人家が、両岸から濁水をさしばさ・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・けれども我が木造の霊廟は已にこの間も隣接する増上寺の焔に脅かされた。凡ての物を滅して行く恐しい「時間」の力に思い及ぶ時、この哀れなる朱と金箔と漆の宮殿は、その命の今日か明日かと危ぶまれる美しい姫君のやつれきった面影にも等しいではないか。・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・どちらも二十畳ほど敷ける木造西洋風に造ってあって、二人では、少々淋しすぎた。が、深谷も安岡も、それを口に出して訴えるのには血気盛んに過ぎた。 それどころではない、深谷はできることならば、その部屋に一人でいたかった。もし許すならばその中学・・・ 葉山嘉樹 「死屍を食う男」
・・・黄色く塗った木造ステーション。チェホフ的だ。赤い帽子をかぶった駅長が一人ぼっち出て来て、郵便車から雪の上へ投げた小包を拾い上げた。その小包には切手が沢山はってあった。 十月二十九日。 昨夜スウェルドロフスキー時間の午前一時頃ノヴ・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・退屈きわまる裁縫室の外には、ひろい廊下と木造ながらどっしりしたその廊下の柱列が並んでそういう柱列は、表側の上級生の教室のそとにもあった。日がよく当って、砂利まで日向の香いがするような冬のひる休み時間、五年生たちがその柱列のある廊下の下に多勢・・・ 宮本百合子 「女の学校」
・・・ それは、木造の門をもった大工場だ。その門から処女製作のソヴェト・フォード第一号が、歓呼の声に送られて動き出した時の光景は、ソヴキノの映画ニュースをとおして、モスクワの労働者の胸にまでつよく刻みこまれている。 ニージュニに新しくソヴ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
一 朝飯がすんで、雑役が監房の前を雑巾がけしている。駒込署は古い建物で木造なのである。手拭を引さいた細紐を帯がわりにして、縞の着物を尻はし折りにした与太者の雑役が、ズブズブに濡らした雑巾で出来るだけゆ・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・強さ、重さ、鈍重さの美を素朴な美しい木造の柱や何かにいかさず、ああいう土蔵づくりに間違えてしまったところ、実に微妙で複雑な歴史性の反映です。建築上の民族的特質というものについての勘ちがいがある。Y氏の愛する木食上人の木像は、ああいう家に住む・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ そういう或る日、塵くさい木造建物の二階の窓際で髪を梳かし、少しさっぱりした心持になって不図わきを見ると、二三冊の本と一緒に「ローザの手紙」という茶色表紙の本が目に入った。 手にとって見ると、ローザ・ルクセンブルグがヨーロッパ大戦中・・・ 宮本百合子 「生活の道より」
・・・当時の石油会社は、そういう土地の上へ労働者長屋を建て、家賃は給料から天引きにして住まわせた。木造の長屋が古くなって、地中から洩れる瓦斯が建物の内部へ充満するようになって来た。幾度かけ合っても改築せぬ。そのうち或る日の昼、お神さんが飯の仕度に・・・ 宮本百合子 「石油の都バクーへ」
出典:青空文庫