・・・むしろ古い問の代りに新らしい問を芽ぐませる木鋏の役にしか立たぬものである。三十年前の保吉も三十年後の保吉のように、やっと答を得たと思うと、今度はそのまた答の中に新しい問を発見した。「死んでしまうって、どうすること?」「死んでしまうと・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・片手には、頑丈な、錆の出た、木鋏を構えている。 この大剪刀が、もし空の樹の枝へでも引掛っていたのだと、うっかり手にはしなかったろう。盂蘭盆の夜が更けて、燈籠が消えた時のように、羽織で包んだ初路の墓は、あわれにうつくしく、且つあたりを籠め・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 頭に鍔広の帽子を被って、背中に山や沼を吹き越して来る涼風を受けながら、調子付いてショキリショキリと木鋏を動して居ると、誰か彼方の畑道を廻って来た人がある。 角まで来て日傘を畳んだのを見ると、近くに住んで居て、よく茶飲話をしに来るお・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・縫台の上の竹筒に挿した枝に対い、それを断り落す木鋏の鳴る音が一日していた。 ある日、こういう所へ東京から私の父が帰って来た。父は夜になると火薬をケースに詰めて弾倉を作った。そして、翌朝早くそれを腹に巻きつけ、猟銃を肩に出ていった。帰りは・・・ 横光利一 「洋灯」
出典:青空文庫