・・・はっきり言うと、君は未だに誰かの調子を真似しています。そこに目標を置いているようです。〈芸術的〉という、あやふやな装飾の観念を捨てたらよい。生きる事は、芸術でありません。自然も、芸術でありません。さらに極言すれば、小説も芸術でありません。小・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・とでもいうべきものが、未だに呑み込めて居ない様子なのである。言いたい事は、山ほど在るのだ。実に、言いたい。その時ふと、誰かの声が聞える。「何を言ったって、君、結局は君の自己弁護じゃないか。」 ちがう! 自己弁護なんかじゃ無いと、急いで否・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・六歳になって、ほかの女中に甘えたりすると、まじめに心配して、あの女中は善い、あの女中は悪い、なぜ善いかというと、なぜ悪いかというと、と、いちいち私に大人の道徳を、きちんと坐って教えてくれたのを、私は、未だに忘れずに居る。いろいろの本を読んで・・・ 太宰治 「新樹の言葉」
・・・みじめなプロテストではあるが、これをさえ私は未だに信じてもらえない立場にいるらしいのを、彼の言葉に依って知らされ、うんざりした。 しかし、その不愉快は、あながちこの男に依って、はじめて嘗めさせられたものではなく、東京の文壇の批評家という・・・ 太宰治 「親友交歓」
・・・余は未だに尻を持って居る。どうせ持っているものだから、先ずどっしりと、おろして、そう人の思わく通り急には動かない積りである。然し子規は又例の如く尻持たぬわが身につまされて、遠くから余の事を心配するといけないから、亡友に安心をさせる為め一言断・・・ 夏目漱石 「『吾輩は猫である』中篇自序」
・・・ ところで、十三日は母の命日故、一睡もしないうち林町へ法事に出かけ前後一週間、眠ったのかおきたのか分らぬ勢で仕事をしたためすっかり疲れ、未だに体がすこし参って居ります。 手紙は大変御無沙汰になって日づけを見ると、殆ど一ヵ月近くかかな・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・の栗ようかんのおいしかったことは未だに忘れません。 服装 洋服は形がいろいろあって、それが着る人の性格を現わせるから好きです。気に入った洋装をしてみたいと思いますけれど、その機会がないので、この頃わたくしは和服・・・ 宮本百合子 「身辺打明けの記」
・・・そして後、新たなる魂をもって邦家のために生き抜こうと決心しています。未だに過去の労働運動をもって喋々するものがあるならば、それらは徒に事を構えて能事終れりとなす階級であって、かようなことはいわゆる革命家に任せておけばよいと考える。今や己の愚・・・ 宮本百合子 「それに偽りがないならば」
・・・しかしそれにしても、夢を見たことがないと云う男のことを聞いた例があるかしら。未だに疑わざるを得ないのだ。 夢の色 夢の色とはどう云う色か。夢では色彩を見ないと云うことが夢の特色ではないか。 夢の研究家・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・「そういう自分は未だに飯倉の借家住居で、四畳半の書斎でも事はたりると思いながら自分の子のために永住の家を建てようとすることは、我ながら矛盾した行為だ」という言葉のうちに、それが察せられる。が、その時に藤村が考えたのは、たぶん、ささやかな質素・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫