・・・譬えて申せば貴方が一杯の酒を呑乾しておしまいなさる時、その酒の香がいつか何処かであった嬉しさの香に似ていると思召すように、貴方が末期にわたくしの事を思い出して下されば好いと思ったばかりでございます。(娘去る。主人は両手にて顔を覆いいる。娘の・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・て、ちっとも古びていないばかりか、民主主義文学の時代に入ってからこと新しく揉まれて来ている階級性の問題、主体性の問題、社会主義的リアリズムの問題、文学と政治の問題などが、これらのプロレタリア文学運動の末期の評論のうちに、その本質はつかみ出さ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・今年二十歳をいくつか越したばかりの若い人々は、戦争末期には丁度中学上級生かそれより一つ二つ年かさであったにすぎない。それらの人々は云わばもう子供のころから軍歌をきかされて育った。常識的な大人を恐怖させるほど率直な真実探求の欲望にもえる十五六・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
・・・けれども、徳川末期から明治へと移った日本文学の特色の一つとしての非社会性がつよい余韻をひいていて、文化・文学の全面につねに反動の力が影響しつづけた。 ところが十四年前日本の軍力が東洋において第二次世界大戦という世界史的惨禍の発端を開くと・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・ 菊池寛のこの人生と歴史へのテーマの本質のありようが、芥川とどんなに相反するものであったかということは、大正末期、欧州大戦後の日本の社会が画期的波瀾にめぐり会ったとき、芥川はあのような生涯をとじ、菊池寛は「真珠夫人」等によって大衆文学の・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・アム・ハーヴェーの血液循環の発見があり、やがてパストゥールによって細菌が発見されたのも、ジェンナーの種痘の試みも、モルトンによる麻睡薬の試用も、すべて十九世紀の人々の偉業であるということは、日本の徳川末期に、シーボルトその他によって西洋医学・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・従来の歌舞伎の番組には徳川末期的の世情を映したものもあり、現代の生活感情に遠いものがあったのは事実だけれど、十一月の新作ものの序幕や大詰では初めから演劇というものの独特な表現を思いあてたような空虚さがあった。 種々の条件が加わっても、や・・・ 宮本百合子 「“健全性”の難しさ」
・・・ 明治末期から大正にかけて、日本のブルジョア・インテリゲンツィアの文学の一つを代表した作家夏目漱石は、文学的生涯の終りに、自分のリアリズムにゆきづまって、東洋風な現実からの逃避の欲望と、近代的な現実探究の態度との間に宙ぶらりんとなって、・・・ 宮本百合子 「行為の価値」
・・・構成派の人々のまだその尾として引いている未来派的傾向、資本主義末期の小市民的な観念や社会主義社会に対する観念は、現実の力によってだけ、健康に洗われ、鍛えられ得るであろう。 農民作家の任務 さて、ソヴェトの農民作・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・の翻訳文学が一方にあり、福沢諭吉の新興ブルジョアジーの啓蒙者としての活動が重大な指針となった時代が去った後は、徳川末期の戯作者の気風、現実に対する無批判な妥協的態度が、西欧の文学的潮流の移植の側らにあって、常に日本の近代性の中に含まれている・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
出典:青空文庫