・・・というと、「そんな幇助罪ならマダ軽いが、不品行の対手の本人なんだ。」「えッ?」と私はまるで狐に魅まれたような気がした。 沼南夫人のジャラクラした姿態や極彩色の化粧を一度でも見た人は貞操が足駄を穿いて玉乗をするよりも危なッかしいの・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 例の写真ではとても十九とは思われぬが、本人を見れば年相応に大人びている、色は少し黒いが、ほかには点の打ちどころもない縹致で、オットリと上品な、どこまでも内端におとなしやかな娘で、新銘撰の着物にメリンス友禅の帯、羽織だけは着更えて絹縮の・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・別室とでもいうところでひっそり待っていると、仲人さんが顔を出し、実は親御さん達はとっくに見えているのだが、本人さんは都合で少し遅れることになった、というのは、本人さんは今日も仕事の関係上欠勤するわけにいかず、平常どおり出勤し、社がひけてから・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・御本人はどうかと申しますと、あまり苦労をしたらしくもないので、その女房も、親方が世話をして持たしてくれたとかいうのでございます。 けれども私は東京に出てから十年の間、いろいろな苦労をしたに似ず、やはり持って生まれた性質と見えまして、烈し・・・ 国木田独歩 「女難」
・・・また本人の一生の幸福から見て、そうすることが損失であろうか。私は経験から考えてそうは思われない。女を知ることは青春の毒薬である。童貞が去るとともに青春は去るというも過言ではない。一度女を知った青年は娘に対して、至醇なる憧憬を発し得ない。その・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・御本人ですか?」 と局員が尋ねる。「そうでごいせん。娘です。あい。わしの末娘でごいす。」「なるべくなら、御本人をよこして下さい。」 と言いながら、局員は爺さんにお金を手渡す。 かれは、お金を受取り、それから、へへん、とい・・・ 太宰治 「親という二字」
・・・して、そのときは、私たち、あなたともお逢いしたあとのことで、母は、あなたを信じて居りましたし、その親戚の記者も、あなたと直接お逢いしたことは無く、ただ噂だけを信じて、私たちに忠告して寄こしたのですし、本人に逢った印象が第一だ、と私も思いまし・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・実につまらない、不思議なくらいに下手くそな、まるっきりセンスの無い冗談を言い、そうしてご本人が最も面白そうに笑い、主人もお附き合いに笑い、「トカナントカイッチャテネ、ソレデスカラネエ、ポオットシチャテネエ、リンゴ可愛イヤ、気持ガワカルトヤッ・・・ 太宰治 「メリイクリスマス」
・・・それはとにかく彼がミュンヘンの小学で受けたローマカトリックの教義と家庭におけるユダヤ教の教義との相対的な矛盾――因襲的な独断と独断の背馳が彼の幼い心にどのような反応を起させたか、これも本人に聞いてみたい問題である。 この時代の彼の外観に・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・それだからある人の云った事を、その外形だけ正しく伝えることによって、話した本人を他人の前に陥れることも揚げることも勝手に出来る。これは無責任ないし悪意あるゴシップによって日常行われている現象である。 それでこの書物の内容も結局はモスコフ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
出典:青空文庫