・・・勿論日が暮れてから、厩橋向うの本宅を抜けて来る事も稀ではなかった。牧野はもう女房ばかりか、男女二人の子持ちでもあった。 この頃丸髷に結ったお蓮は、ほとんど宵毎に長火鉢を隔てながら、牧野の酒の相手をした。二人の間の茶ぶ台には、大抵からすみ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・夏この滝の繁昌な時分はかえって貴方、邪魔もので本宅の方へ参っております、秋からはこうやって棄てられたも同然、私も姨捨山に居ります気で巣守をしますのでざいましてね、いいえ、愚痴なことを申上げますのではございませんが、お米もそこを不便だと思って・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・そのくせ帝塚山の本宅にいる細君は女専中退のクリスチャンだった。細君は店へ顔出しするようなことは一度もなく、主人が儲けて持って帰る金を教会や慈善団体に寄附するのを唯一の仕事にしていた。ほんまに大将は可哀相な人だっせと仲居は言うのだったが、主人・・・ 織田作之助 「世相」
・・・犬に吠えられるのは怖かったが、これはまた非常に可笑しく思ったから今以て思い出して独り興ずる折もある位で、本宅を捜したらまだ其大巾着がどこかにあるだろうと思います。 手習いの傍、徒士町の會田という漢学の先生に就いて素読を習いました。一番初・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・すると酒屋はたちまちカイロ団長の本宅にかわりました。つまり前には四角だったのが今度は六角形の家になったのですな。 さて、その日は暮れて、次の日になりました。お日さまの黄金色の光は、うしろの桃の木の影法師を三千寸も遠くまで投げ出し、空はま・・・ 宮沢賢治 「カイロ団長」
出典:青空文庫