・・・前論者の、ビジテリアンは人間の感情を以て強て動物を律しようとするというのに対して、私は実に反対者たちは動物が人間と少しばかり形が違っているのに眼を欺かれてその本心から起って来る哀憐の感情をなくしているとご忠告申し上げたいのであります。誰だっ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・女にとって一番の困難は、いつとはなし女自身が、その女らしさという観念を何か自分の本態、あるいは本心に附随したもののように思いこんでいる点ではなかろうか。自身の人生での身ごなし、自身のこの社会での足どりに常に何か女らしさの感覚を自ら意識してそ・・・ 宮本百合子 「新しい船出」
・・・ 人生を愛し、熱心にそこを生きて行こうとするほどの者は、誰しもこの社会の人間関係のより豊富さ、より暢やかさ、より豊饒な発育性を切望しているのが本心と思う。そういうものとして、よりよい友情の花を同性の間にも異性の間にも期待するのは自然の心・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・ 行儀よく並んだ空壜に、何かの液体を注ぎこみでもするように、教えこまれるあれこれのすべてが、少女たちの若々しい本心に、肯かれることばかりではなかったことは確です。これ迄は、黙って、そっと、心にうけ入れず、其を外へ流し出してしまうしかしか・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
・・・ 阿部彌一右衛門は、人間の性格的相剋を主従という封建の垣のうちに日夜まむきに犇めきとおして遂に、悲劇的終焉を迎えたが、佐橋は君主である家康が己に気を許さぬ本心を知ったとき、恐ろしく冷やかな判断で、そのように狭くやがては己が身の上に落ちか・・・ 宮本百合子 「鴎外・芥川・菊池の歴史小説」
・・・けっして本心はそうではない。自分のささげた犠牲を十分胸にたたみこんでいて、そのねうちを評価していて、それについて語ることのできる場面におかれれば、自分にとって最も熱情のわき立つ話題として、自分を殺して生きて来たその筋道について語るだろう。そ・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・広島の平和都市、長崎の国際都市建設案を、議会満場一致で賛成、感謝したところで、民間人の代表めかしてものをいう人の本心が、こうも荒々しい実際を見れば、して貰うことは何でも感謝の、こじき根性と衷心において侮蔑を感じられてもしかたがあるまい。・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・ 若い女性たちのあいだに見られたそういういいあらわしかたの本心については疑問が抱かれて、当時流行のジイドの「未完の告白」のジュヌヴィエヴの模倣も大分あるというふうに判断されていた。「未完の告白」は、知られているとおり、十六歳の学問好・・・ 宮本百合子 「結婚論の性格」
・・・我等は、教育の概念にあやまたれ社会人の 才に煩わされホメロスの如き 太古の本心を失った。何処までも 繊細に 何処までも 鋭く而も大らかに 生命の光輝を保つことこそ人間は、芸術は甲斐ある 精神の果実だ。・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・――梶は自分の心中に起って来たこの二つの真実のどちらに自分の本心があるものか、暫くじっと自分を見るのだった。ここにも排中律の詰めよって来る悩ましさがうすうすともみ起って心を刺して来るのだった。先日までは、まだ栖方の新武器が夢だと思っていた先・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫