・・・ 芝区内では○愛宕下の桜川また宇田川○芝橋かかりし入堀 赤坂区内では○溜池桐畠の溝渠。 本所深川区内では○御蔵橋かかりし埋堀○南北の割下水○黒江町黒江橋ありし辺の溝渠。その他。 砂町では○元〆川○境川おんぼう堀。その他。・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・しかし中洲の河沿いの二階からでも下を見下したなら大概の下り船は反対にこの度は左側なる深川本所の岸に近く動いて行く。それは大川口から真面に日本橋区の岸へと吹き付けて来る風を避けようがためで、されば水死人の屍が風と夕汐とに流れ寄るのはきまって中・・・ 永井荷風 「夏の町」
・・・ちょいと、乗りかえ。本所は乗り換えじゃないんですか。」髪を切り下げにした隠居風の老婆が逸早く叫んだ。 けれども車掌は片隅から一人々々に切符を切て行く忙しさ。「往復で御在いますか。十銭銀貨で一銭のお釣で御在います。お乗換は御在いませんか。・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・ 六間堀と呼ばれた溝渠は、万年橋のほとりから真直に北の方本所竪川に通じている。その途中から支流は東の方に向い、弥勒寺の塀外を流れ、富川町や東元町の陋巷を横ぎって、再び小名木川の本流に合している。下谷の三味線堀が埋立てられた後、市内の堀割・・・ 永井荷風 「深川の散歩」
・・・わたくしはかつて『夏の町』と題する拙稾に明治三十年の頃には両国橋の下流本所御船倉の岸に浮洲があって蘆荻のなお繁茂していたことを述べた。それより凡十年を経て、わたくしは外国から帰って来た当時、橋場の渡のあたりから綾瀬の川口にはむかしのままにな・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・ 毎夜連れ立って、ふけそめる本所の町、寺と倉庫の多い寂しい道を行く時、案外暖く、月のいい晩もあった。溝川の小橋をわたりながら、鳴き過る雁の影を見送ることもあった。犬に吠えられたり、怪しげな男に後をつけられて、二人ともども息を切って走った・・・ 永井荷風 「雪の日」
四月廿九日の空は青々と晴れ渡って、自分のような病人は寝て居る足のさきに微寒を感ずるほどであった。格堂が来て左千夫の話をしたので、ふと思いついて左千夫を訪おうと決心した。左千夫の家は本所の茅場町にあるので牡丹の頃には是非来いといわれて居・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・「僕は二時半の東海道線だが、尤も本所へも寄って行きたいのだが、本所はずれまで人力で往復しては日が暮れてしまうからネ。」「本所へ行くなら高架鉄道に乗ればよい。」「そうか。高架鉄道があるのだネ。そりゃ一番乗って見よう。君この油画はどうだ非常にま・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・ ○本所相生署は全滅。六日夜十一時頃、基ちゃんが門で張番をして居ると相生署の生きのこりの巡査が来、被服廠跡の三千の焼死体のとりかたづけのために、三十六時間勤務十二時間休息、一日に一つの玄米の握り飯、で働せられて居る由。いやでもそれをしな・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・そこで所々に一二箇月ずつ奉公していたら、自然手掛りを得るたつきにもなろうと思い立って、最初は本所の或る家に住み込んだ。これは遠い親戚に当るので、奉公人やら客分やら分からぬ待遇を受けて、万事の手伝をしたのである。次に赤坂の堀と云う家の奥に、大・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫