・・・二人は今度こそ本望が達せられると思った。いや、達せずには置かないと思った。殊に甚太夫はそれがわかった日から、時々心頭に抑え難い怒と喜を感ぜずにはいられなかった。兵衛はすでに平太郎一人の敵ではなく、左近の敵でもあれば、求馬の敵でもあった。が、・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・何しろのめのめと我々の前へ面をさらした上に、御本望を遂げられ、大慶の至りなどと云うのですからな。」「高田も高田じゃが、小山田庄左衛門などもしようのないたわけ者じゃ。」 間瀬久太夫が、誰に云うともなくこう云うと、原惣右衛門や小野寺十内・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・』と、笑いながら反問しましたが、彼はやはり真面目な調子で、『たとい子供じみた夢にしても、信ずる所に殉ずるのだから、僕はそれで本望だ。』と、思い切ったように答えました。その時はこう云う彼の言も、単に一場の口頭語として、深く気にも止めませんでし・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・「これで塙団右衛門も定めし本望でございましょう。」 旗本の一人、――横田甚右衛門はこう言って家康に一礼した。 しかし家康は頷いたぎり、何ともこの言葉に答えなかった。のみならず直孝を呼び寄せると、彼の耳へ口をつけるようにし、「その・・・ 芥川竜之介 「古千屋」
・・・しかしわざわざ尋ねて来ながら、刺も通ぜずに帰るのは、もちろん本望ではありません。そこで取次ぎに出て来た小厮に、ともかくも黄一峯の秋山図を拝見したいという、遠来の意を伝えた後、思白先生が書いてくれた紹介状を渡しました。 すると間もなく煙客・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・「いや、怒られれば本望じゃ。が、少将はおれの顔を見ると、悲しそうに首を振りながら、あなたには何もおわかりにならない、あなたは仕合せな方ですと云うた。ああ云う返答は、怒られるよりも難儀じゃ。おれは、――実はおれもその時だけは、妙に気が沈ん・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・しかしそれでも本望です。お月様! お月様! わたしは御主人の顔を見るほかに、何も願うことはありません。そのため今夜ははるばるともう一度ここへ帰って来ました。どうか夜の明け次第、お嬢さんや坊ちゃんに会わして下さい。」 白は独語を云い終ると・・・ 芥川竜之介 「白」
・・・これには恵印も当惑して、嚇すやら、賺すやら、いろいろ手を尽して桜井へ帰って貰おうと致しましたが、叔母は、『わしもこの年じゃで、竜王の御姿をたった一目拝みさえすれば、もう往生しても本望じゃ。』と、剛情にも腰を据えて、甥の申す事などには耳を借そ・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ が、渠の身に取っては、食に尽きて倒るるより、自然に死ぬなら、蛇に巻かれたのが本望であったかも知れぬ。 袂に近い菜の花に、白い蝶が来て誘う。 ああ、いや、白い蛇であろう。 その桃に向って、行きざまに、ふと見ると、墓地の上に、・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・気絶しようが、のめろうが、鼻かけ、歯かけ、大な賽の目の出次第が、本望でしゅ。」「ほ、ほ、大魚を降らし、賽に投げるか。おもしろかろ。忰、思いつきは至極じゃが、折から当お社もお人ずくなじゃ。あの魚は、かさも、重さも、破れた釣鐘ほどあって、の・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
出典:青空文庫