・・・ しかし、思うに今世界的にいわゆる名監督と呼ばるる第一人者たちは、いずれも皆群を抜いた優秀な頭脳の所有者であって、もしも運命の回り合わせが彼らを他の本職に導いたとしたら、おそらく、彼らはそれぞれの方面でやはり第一人者でありうるだけの基礎・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・の怪奇な姿をこわごわ観察している偏屈な老学究の滑稽なる風貌が、さくら音頭の銀座から遠望した本職のジャーナリストの目にいかに映じるかは賢明なる読者の想像に任せるほかはないのである。 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・ 展覧会などで本職の画家のかいた絵を見ると、美しい草木や景色や建築物やが惜しげもなく材料に使われている。今の自分から見るとこれらの画家は実にうらやましい有福な身分だと思う。世の中に何がぜいたくだと言って、このような美しく貴重な自然を勝手・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・観客中の本職の素人が臨時に頼まれて出て来たのかと思うほど役者ばなれがして見えた。こういうのは成効であるか不成効であるか、それは自分等には分からない。 この一座には立役者以外の端役になかなか芸のうまい人が多いようである。この一座に限らず芝・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・ * 金剛寺坂の笛熊さんというのは、女髪結の亭主で大工の本職を放擲って馬鹿囃子の笛ばかり吹いている男であった。按摩の休斎は盲目ではないが生付いての鳥目であった。三味線弾きになろうとしたが非常に癇が悪い。落話家の・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・他の言葉で云うと、彼らにとっては道楽すなわち本職なのである。彼らは自分の好きな時、自分の好きなものでなければ、書きもしなければ拵えもしない。至って横着な道楽者であるがすでに性質上道楽本位の職業をしているのだからやむをえないのです。そういう人・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・何てったって、化けるのは俺の方が本職だよ。尻尾なんかブラ下げて歩きゃしねえからな。駄目だよ。そんなに俺の後ろ頭ばかり見てたって。ホラ、二人で何か相談してる。ヘッ、そんなに鼻ばかりピクピクさせる事あないよ。いけねえ。こんなことを考える時ゃ碌な・・・ 葉山嘉樹 「乳色の靄」
・・・ただ杉檜の指物膳箱などを製し、元結の紙糸を捻る等に過ぎざりしもの、次第にその仕事の種類を増し、下駄傘を作る者あり、提灯を張る者あり、或は白木の指物細工に漆を塗てその品位を増す者あり、或は戸障子等を作て本職の大工と巧拙を争う者あり、しかのみな・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ たとえば日本女は小説を書くのが本職である。だから、未来に於てソヴェトの芸術が生れるだろう畑に興味を感じ、「鎌と槌」鉄工場の工場新聞出版室内の文芸研究部へ出かけたとする。 袋をかぶせたタイプライターが一台ある。二脚のテーブルといくつ・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・ところが、大泉が本職のスパイであることが発見された時、熊沢みつ子は非常に苦しんだ。自分の人間的な善意が裏切られたことに苦しみつくして、とうとう獄中で自殺した。だが大泉は平気で生きている。こういう非人間的な行動を逆に共産主義者へのそしりとして・・・ 宮本百合子 「社会生活の純潔性」
出典:青空文庫