・・・なんでも袖の短い綿服にもめん袴をはいて、朴歯の下駄、握り太のステッキといったようないで立ちで、言わば明治初年のいわゆる「書生」のような格好をしておられた。そうして妙な頭巾のような風変わりの帽子をかぶっておられたような気がする。とにかく他の先・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・木魚の音のポン/\たるを後に聞き朴歯の木履カラつかせて出で立つ。近辺の寺々いずこも参詣人多く花屋の店頭黄なる赤き菊蝦夷菊堆し。とある杉垣の内を覗けば立ち並ぶ墓碑苔黒き中にまだ生々しき土饅頭一つ、その前にぬかずきて合掌せるは二十前後の女三人と・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・ 佐和子の下駄は、朴歯だから平気であった。「どうせ歩くのなら海岸を行きましょうよ」 父を真中に挾み、彼等は愉快に波打ちぎわを進んだ。太陽が二子山のかげに沈もうとしていた。いつか雪雲が浮んだ。それに斜光の工合で、蜃気楼のようにもう・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
出典:青空文庫