・・・彼の音信に依れば、古都北京は、まさしく彼の性格にぴったり合った様子で、すぐさま北京の或る大会社に勤め、彼の全能力をあますところなく発揮して東亜永遠の平和確立のため活躍しているという事で、私は彼のそのような誇らしげの音信に接する度毎に、いよい・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ このいい気な愚行のにおいが、所謂大東亜戦争の終りまでただよっていた。 東条の背後に、何かあるのかと思ったら、格別のものもなかった。からっぽであった。怪談に似ている。 その二・二六事件の反面に於いて、日本では、同じ頃に、オサダ事・・・ 太宰治 「苦悩の年鑑」
・・・日本は日出ずる国と言われ、また東亜とも言われているのだ。太陽は日本からだけ昇るものだとばかり僕は思っていたのだが、それじゃ駄目だ。日本が東亜でなかったというのは、不愉快な話だ。なんとかして、日本が東で、アメリカが西と言う方法は無いものか。」・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・ 近ごろ中井博士の「東亜植物」を見ていろいろ興味を感じたことの中でも特におもしろいと思ったことは、日本各地の植物界に、東亜の北から南へかけてのいろいろな国土の植物がさまざまに入り込み入り乱れている状況である、これも日本という国の特殊な地・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
近年新聞紙の報道するところについて見るに、東亜の風雲はますます急となり、日支同文の邦家も善鄰の誼しみを訂めている遑がなくなったようである。かつてわたくしが年十九の秋、父母に従って上海に遊んだころのことを思い返すと、恍として隔世の思いが・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・オペラ一座の渡来も要するに幸を東亜に与えた戦禍の一現象である。当時巴里に於て、一邦人が独力にしてマネエ、ロダンの如き巨匠の製作品と、又江戸浮世絵の蒐集品とを仏蘭西人の手より買取ったことがあった。是亦戦争の余沢である。オペラは帝国劇場を主管す・・・ 永井荷風 「帝国劇場のオペラ」
・・・ 今日の世界大戦の課題が右の如きものであり、世界新秩序の原理が右の如きものであるとするならば、東亜共栄圏の原理も自ら此から出て来なければならない。従来、東亜民族は、ヨーロッパ民族の帝国主義の為に、圧迫せられていた、植民地視せられていた、・・・ 西田幾多郎 「世界新秩序の原理」
・・・日本のなかに、客観的な真実、学問上の真理、生活の現実を否定して、日本民族の優秀性と、侵略的大東亜主義を宣伝する文筆だけが許される段階に入りつつあった。ジャーナリストたちは、規準のわからない発禁つづきに閉口して、内務省の係の人に執筆を希望しな・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第五巻)」
・・・ひきつづいて超国家主義の大東亜共栄圏の観念にならされた。こんにち、かつての大東亜圏の理論家のあるものは、きわめて悪質な戦争挑発者と転身して、反民主的な権力のために奉仕している。「プロレタリア文学における国際的主題について」は、それらの問・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・けれども戦争が始まり、特に大東亜戦争が始まってから少女達の生活も大変な変化をしました。 家族の中から沢山の人が兵隊にとられて生活の事情が今までよりも困難になった為に、家庭生活の重みが少女達の肩にも幾分かずつ掛りはじめたということもありま・・・ 宮本百合子 「美しく豊な生活へ」
出典:青空文庫