・・・ 十四 しかしお蓮の憂鬱は、二月にはいって間もない頃、やはり本所の松井町にある、手広い二階家へ住むようになっても、不相変晴れそうな気色はなかった。彼女は婆さんとも口を利かず、大抵は茶の間にたった一人、鉄瓶のたぎ・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・「不如帰」「藤村詩集」「松井須磨子の一生」「新朝顔日記」「カルメン」「高い山から谷底見れば」――あとは婦人雑誌が七八冊あるばかりで、残念ながらおれの小説集などは、唯一の一冊も見当らない。それからその机の側にある、とうにニスの剥げた茶箪笥の上・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ところが、自分の研究所のW君のにいさんが奈良県の技師をしておられるというので、これに依頼して、本場の奈良で詮議してもらったら、さっそく松井元泰編「古梅園墨談」という本を見つけて送ってくれたので、始めてだいたいの具体的知識に有りついた。なお後・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・しかしながら、その豊富な経験のなかでは、自身創立された文芸協会で、抱月と松井須磨子の二つの命をやきつくしたようないきさつに接して居られる。また、一度はそこで女優になろうとして後作家となって盛名をうたわれ、幾何もなくアメリカに去った田村俊子氏・・・ 宮本百合子 「時代と人々」
・・・それは東京で松井須磨子のカチューシャとともにその頃はやりはじめたばかりの歌であった。それをうたう人は東京から来た人しかなく、男の声でそのうたをうたう東京から来た人といえば、その村では誰それとすぐわかる人であった。私はそれにじっと耳を傾けてい・・・ 宮本百合子 「青春」
・・・はじめ学校全体から理科用電池を盗んだと思われたうすのろの伍助の姿、やがてほんとは松井という少年がそれをとったという事実がはっきりして伍助への同情が学校にひろがって来る過程もリアリスティックにとらえられている。全体が自然に、わざとらしいところ・・・ 宮本百合子 「選評」
・・・ 「蒙古一九四五年」 松井 太朗 作者は材料の整理に失敗したし、テーマをはっきりは握しないで百枚目ぐらいから、つかみはじめている。前半の旱魃の状況、その対策、日本人官憲の収奪の詳細は、百枚からあとにあらわれている。蒙古・・・ 宮本百合子 「予選通過作品選評」
・・・今の家を是阿弥の未亡人の手から買い取ったと云うことを知った。 香以の他の友人二人の事は文淵堂主人が語った。石橋真国と柴田是真との事である。「石橋真国は語学に関する著述未刊のもの数百巻を遺した。今松井簡治さんの蔵儲に帰している。所謂やわら・・・ 森鴎外 「細木香以」
出典:青空文庫