・・・大抵いつも新聞を置くときは、極 apathique な表情をするか、そうでなければ、顔を蹙めるのである。書いてあるのは毒にも薬にもならないような事であるか、そうでなければ、木村が不公平だと感ずるような事であるからである。そんなら読まなくても・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・この取調べの末に、いつでも一人や二人は極楽へさえやって貰うのである。 この緑色の車に、外の人達と一しょにツァウォツキイも載せられた。小刀を胸に衝き挿したままで載せられた。馬車はがたぴしと夜道を行く。遠く遠く夜道を行く。そのうちに彼誰時が・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「破落戸の昇天」
・・・、昔は関も立てられぬほどの広さ。今仲の町で遊客に睨みつけられる烏も昔は海辺四五町の漁師町でわずかに活計を立てていた。今柳橋で美人に拝まれる月も昔は「入るべき山もなし」、極の素寒貧であッた。実に今は住む百万の蒼生草,実に昔は生えていた億万の生・・・ 山田美妙 「武蔵野」
・・・どこかあの辺で、北極探険者アンドレエの骨が曝されている。あそこで地極の夜が人を威している。あそこで大きな白熊がうろつき、ピングィン鳥が尻を据えて坐り、光って漂い歩く氷の宮殿のあたりに、昔話にありそうな海象が群がっている。あそこにまた昔話の磁・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・「あなたはまだ極くお若いのでしょう。ねえ、お嬢さん。」この詞を、フィンクは相手の話を遮るように云って、そして心のうちでは、また下らないことを云ったなと後悔した。「ええ。わたくしはまだ若うございます。」女はさっぱりと云った。そしてそう・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・いらっしゃれば大概二週間位は遊興をお尽しなさって、その間は、常に寂そりしてる市中が大そう賑になるんです。お帰りのあとはいつも火の消たようですが、この時の事は、村のものの一年中の話の種になって、あの時はドウであった、コウであったのと雑談が、始・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・すなわち文芸復興期以後二十世紀まで続いて来た自然科学と国家組織との発達が、その極点に達して破裂してしまうのである。そうして旧来の自然科学的文化の代わりに理想主義的文化が、利己主義的国家の代わりに世界主義的国家が、力強く育ち始めるのである。・・・ 和辻哲郎 「世界の変革と芸術」
出典:青空文庫