・・・どうせ縁日物だから、大した植木がある訳じゃないが、ともかくも松とか檜とかが、ここだけは人足の疎らな通りに、水々しい枝葉を茂らしているんだ。「こんな所へ来たは好いが、一体どうする気なんだろう?――牧野はそう疑いながら、しばらくは橋づめの電・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・――が、そんな事は話の枝葉じゃ。康頼と少将とは一心に、岩殿詣でを続け出した。それも岩殿を熊野になぞらえ、あの浦は和歌浦、この坂は蕪坂なぞと、一々名をつけてやるのじゃから、まず童たちが鹿狩と云っては、小犬を追いまわすのも同じ事じゃ。ただ音無の・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・朗快な太陽の光は、まともに庭の草花を照らし、花の紅紫も枝葉の緑も物の煩いということをいっさい知らぬさまで世界はけっして地獄でないことを現実に証明している。予はしばらく子どもらをそっちのけにしていたことに気づいた。「お父さんすぐ九十九里へ・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・手入をせられた事のない、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。 この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。その様子が今まで人に追・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・少しく小説の数をかけて読んだお方が、ちょっと瞑目して回想なさったらば、馬琴前後および近時の写実的傾向を帯びた小説等の主人公や副主人公や、事件の首脳なんどが、いかに多く馬琴の著わした小説中の枝葉の部分に見出さるるかという点には必ず御心づきにな・・・ 幸田露伴 「馬琴の小説とその当時の実社会」
・・・手入をせられた事の無い、銀鼠色の小さい木の幹が、勝手に曲りくねって、髪の乱れた頭のような枝葉を戴いて、一塊になっている。そして小さい葉に風を受けて、互に囁き合っている。』 第三 女学生は一こと言ってみたかった。「私はあ・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・頭を挙げて見ると、玉川上水は深くゆるゆると流れて、両岸の桜は、もう葉桜になっていて真青に茂り合い、青い枝葉が両側から覆いかぶさり、青葉のトンネルのようである。ひっそりしている。ああ、こんな小説が書きたい。こんな作品がいいのだ。なんの作意も無・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・権威者の片言隻語までも信ずるの弊は云うまでもない事であるが、権威を過信する弊害はあながちこれらの枝葉の問題に止まらない。もっと根本的な大方針においてもまた然りである。 あらゆる方面で偉大な仕事をした人は自信の強い人である。科学者でも同様・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・のみならずこのなぞは長い間にいろいろの枝葉を生じてますます大きくなるばかりである。 たとえば人間が始まって以来今日までかつて断えた事のないあらゆる闘争の歴史に関するいろいろの学者の解説は、一つも私のふに落ちないように思われた。……私には・・・ 寺田寅彦 「芝刈り」
・・・ 下手な論文を書いて見ていただくと、実に綿密に英語の訂正はもちろん、内容の枝葉の点に至るまで徹底的に修正されるのであった。一度鉛筆で直したのを、あとで、インキでちゃんと書き入れて、そうして最後に消しゴムですっかり鉛筆を消し取って、そのち・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
出典:青空文庫