・・・それから大きい硝子戸棚の中に太い枯れ木をまいている南洋の大蛇の前に立った。この爬虫類の標本室はちょうど去年の夏以来、三重子と出合う場所に定められている。これは何も彼等の好みの病的だったためではない。ただ人目を避けるためにやむを得ずここを選ん・・・ 芥川竜之介 「早春」
・・・渠一向平気で、背負っていた枯れ木の大束をそこへ卸して、旦那は絵の先生かときくから先生じゃアないまだ生徒なんだというとすこぶる感心したような顔つきで絵を見ていた。』 ここまで話して来て江藤は急に口をつぐんで、対手の顔をじっと見ていたが、思・・・ 国木田独歩 「郊外」
・・・するとキャッという女の声、驚いて下を見ますと、三人の子供は何に恐れたのか、枯れ木を背負ったままアタフタと逃げ出して、たちまち石垣のかなたにその姿を隠してしまいました。おかしなことと私はその近所を注意して見おろしていると、薄暗い森の奥から下草・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・浜田は、昼間に見ておいた枯れ木を取りに、初年兵の後藤をさそった。「俺ら、若しもの場合に、銃を持って行くから、お前、手ぶらで来て呉れんか。」と、浜田は、後藤に云った。「銃を持った日にや、薪は皆目かつがれやしねえからな。」「大丈夫かい。・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・もういっそう悲惨なのは田んぼ道のそばの小みぞの中をじゃぶじゃぶ歩きながら枯れ木のような足に吸いついた蛭を取っては小さなもめんの袋へ入れているそういうばあさんであった。こうして採集した蛭を売って二銭三銭の生活費をかせいでいたのである。思い出す・・・ 寺田寅彦 「ステッキ」
出典:青空文庫