・・・が、遠い枯木立や、路ばたに倒れた石敢当も、中佐の眼には映らなかった。それは彼の頭には、一時愛読したスタンダアルの言葉が、絶えず漂って来るからだった。「私は勲章に埋った人間を見ると、あれだけの勲章を手に入れるには、どのくらい××な事ばかり・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・何某の邸の庭らしい中へ、烟に追われて入ると、枯木に夕焼のしたような、火の幹、火の枝になった大樹の下に、小さな足を投出して、横坐りになった、浪吉の無事な姿を見た。 学校は、便宜に隊を組んで避難したが、皆ちりちりになったのである。 と見・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・…… 山も、空も氷を透すごとく澄みきって、松の葉、枯木の閃くばかり、晃々と陽がさしつつ、それで、ちらちらと白いものが飛んで、奥山に、熊が人立して、針を噴くような雪であった。 朝飯が済んでしばらくすると、境はしくしくと腹が疼みだした。・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・蔦をその身に絡めたるまま枯木は冷然として答えもなさず、堤防の上につと立ちて、角燈片手に振り翳し、水をきっと瞰下ろしたる、ときに寒冷謂うべからず、見渡す限り霜白く墨より黒き水面に烈しき泡の吹き出ずるは老夫の沈める処と覚しく、薄氷は亀裂しおれり・・・ 泉鏡花 「夜行巡査」
・・・そればかりでなく泥面子や古煉瓦の破片を砕いて溶かして絵具とし、枯木の枝を折って筆とした事もあった。その上に琉球唐紙のような下等の紙を用い、興に乗ずれば塵紙にでも浅草紙にでも反古の裏にでも竹の皮にでも折の蓋にでも何にでも描いた。泥絵具は絹や鳥・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そういえば、宇野氏の「枯木の夢」に出て来る大阪弁はやはり純大阪弁でなくて大和の方の言葉であり、「人間同志」には岸和田あたりの大阪弁が出て来る。川端康成氏の「十六歳の日記」は作者の十六歳の時の筆が祖父の大阪弁を写生している腕のたしかさはさすが・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・そしてその涯には一本の巨大な枯木をその巓に持っている、そしてそのためにことさら感情を高めて見える一つの山が聳えていた。日は毎日二つの溪を渡ってその山へ落ちてゆくのだったが、午後早い日は今やっと一つの溪を渡ったばかりで、溪と溪との間に立ってい・・・ 梶井基次郎 「蒼穹」
・・・ 枝に雪をいただいて、それが丁度、枝に雪がなっているように見える枯木が、五六本ずつ所々に散見する外、あたりには何物も見えなかった。どこもかしこも、すべて、まぶしく光っている白い雪ばかりだった。そして、何等の音も、何等の叫びも聞えなかった・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・附近で拾い集めてきた枯木と高粱稈を燃して焚き火をした。こんなとき、いつも雑談の中心となるのは、鋳物工で、鉄瓶造りをやっていた、鼻のひくい、剛胆な大西だった。大西は、郷里のおふくろと、姉が、家主に追立てを喰っている話をくりかえした。「俺れ・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・さて岸の白楊の枯木に背中を寄せかけて坐った。その顔には決断の色が見えている。槌で打ち固めたような表情が見えている。両膝を高く立てた。そしてそれを両腕で抱いた。さて頭をその膝頭に載せた。老人はこんな風に坐って、丁度あの鴉のように、誰かが来て自・・・ 著:シュミットボンウィルヘルム 訳:森鴎外 「鴉」
出典:青空文庫