・・・ 枝に残った枯葉が若芽にせきたてられて、時々かさっと地に落ちた。天鵞絨のように滑かな空気は動かないままに彼れをいたわるように押包んだ。荒くれた彼れの神経もそれを感じない訳には行かなかった。物なつかしいようななごやかな心が彼れの胸にも湧い・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・勝手に掴み取りの、梟に枯葉で散り散りばらばら。……薬臭い寂しい邸は、冬の日売家の札が貼られた。寂とした暮方、……空地の水溜を町の用心水にしてある掃溜の芥棄場に、枯れた柳の夕霜に、赤い鼻を、薄ぼんやりと、提灯のごとくぶら下げて立っていたのは、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・この方は笠を上にした茶褐色で、霜こしの黄なるに対して、女郎花の根にこぼれた、茨の枯葉のようなのを、――ここに二人たった渠等女たちに、フト思い較べながら指すと、「かっぱ。」 と語音の調子もある……口から吹飛ばすように、ぶっきらぼうに古・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
・・・……頭に樹の枝をかぶったり、かずらや枯葉を腰へ巻いたり……何の気もなしに、孫八ッて……その飴屋の爺さんが夜話するのを、一言……」 「焼火箸を脇の下へ突貫かれた気がしました。扇子をむしって棄ちょうとして、勿体ない、観音様に投げう・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・ と、掌をもじゃもじゃと振るのが、枯葉が乱れて、その頂の森を掻乱すように見え、「何かね、その赤い化もの……」「赤いのが化けものじゃあない――お爺さん。」「はあ、そうけえ。」 と妙に気の抜けた返事をする。「……だから、・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・葱の枯葉を掻分けて、洗濯などするのである。で、竹の筧を山笹の根に掛けて、流の落口の外に、小さな滝を仕掛けてある。汲んで飲むものはこれを飲むがよし、視めるものは、観るがよし、すなわち清水の名聞が立つ。 径を挟んで、水に臨んだ一方は、人の小・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ この日当りで暖かそうなが、青白い建ものの、門の前は、枯葉半ば、色づいた桜の木が七八株、一列に植えたのを境に、もう温泉の町も場末のはずれで、道が一坂小だかくなって、三方は見通しの原で、東に一帯の薬師山の下が、幅の広い畷になる。桂谷と言う・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・容貌をかえた低地にはカサコソと枯葉が骸骨の踊りを鳴らした。 そんなとき蒼桐の影は今にも消されそうにも見えた。もう日向とは思えないそこに、気のせいほどの影がまだ残っている。そしてそれは凩に追われて、砂漠のような、そこでは影の生きている世界・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・口渇きし者の叫ぶ声を聞け、風にもまるる枯葉の音を聞け。君なくしてなお事業と叫ぶわが声はこれなり。声かれ血涸れ涙涸れてしかして成し遂ぐるわが事業こそ見物なりしに。ああされど今や君はわが力なり。あらず、君を思うわが深き深き情けこそわが将来の真の・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・おげんはその台所に居ながらでも朝顔の枯葉の黄ばみ残った隣家の垣根や、一方に続いた二階の屋根などを見ることが出来た。「おさださん、わたしも一つお手伝いせず」 とおげんはそこに立働く弟の連合に言った。秋の野菜の中でも新物の里芋なぞが出る・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫