・・・また彼の耳にはいる父の評判は、営業者の側から言われているものなのか、株主の側から言われているものなのか、それもよくはわからなかった。もし株主の側から出た噂ならだが、営業者間の評判だとすると、父は自分の役目に対して無能力者だと裏書きされている・・・ 有島武郎 「親子」
・・・「正木さんでも、私でも――矢張、この鉱泉の株主ということに成ってます」 と先生は流し場の水槽のところへ出て、斑白な髪を濡らしながら話した。 東京から来たばかりの高瀬には、見るもの、聞くもの、新しい印象を受けるという風であった。・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・ 同じような立場から云うと、基礎の怪しい会社などを始めから火葬にしないでおいたためにおしまいに多数の株主に破産をさせるような事になる。これも殺生な事であると云わなければならない事になる。 こんな話の種を拾い出せばまだまだ面白いのがい・・・ 寺田寅彦 「マルコポロから」
・・・あすこに来ていたのはみんな株主でした。わざとあすこをえらんだのです。ところが株主の反感は非常だったのです。わたくしももうやけくそになって、ああいう風に酔っていたのです。そこへあなたが出て来たのですからなあ。」 わたくしははじめてあの頃の・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・重り重った借金を会社は株で払うしか方法がなかったので、昨今の景気は或る組を相当な株主にしてしまった。仕事があっても、これでは儲けが皆組へ行ってしまって、会社は益々貧血するので、あるところに廃工場となっていたのを復活させて、それを組にやって、・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・私達は十時間働かなければ賃金をもらって食えませんから、自分のために働いているように思いますけれども、それは実は五時間でできるのであって、あとはすべての生産品は、生産手段をもっている投資家、株主、会社の社長などの利益のために商品として売られて・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・大正九年の大パニックで破産したのは郵船の株主ではなかった。米一升が五十銭を突破して米騒動がおこった。やっぱりこまったのは民衆であった。 ヨーロッパにおこった第二次大戦の過程のすきをくぐって、満州、中国、南方までのきりとりをたくらんだ結果・・・ 宮本百合子 「便乗の図絵」
・・・山岸敬明が輪タクを開業するとき十万円ほどの資本を出して株主となったのがもとの賀陽宮、いまの賀陽恒憲だったそうです。 荒物店でもひらくなら十万円という金はもとの千円として何かの役にたつでしょう。けれども輪タク一台いくらすると思って? 田舎・・・ 宮本百合子 「ファシズムは生きている」
・・・ただ、近頃一部の作家の間に流行しているように、小金をためて来た作家たちが、背後により大きい資本と結合して、出版企業体を組織し、株主や理事になって、利潤の分配に直接関係しはじめている人々は、作家といっても、それは例外である。職人が小金をためて・・・ 宮本百合子 「文化生産者としての自覚」
・・・だが満州にいる誰かに雇われて働らかされに行ったのであって、われわれの内誰一人、南満州鉄道の大株主だというものはない。 工場で誰の儲けのためにわれわれは、長い時間働らかされていますか。野良で、誰が懐手をして食う米をわたし達は作らされている・・・ 宮本百合子 「「モダン猿蟹合戦」」
出典:青空文庫