・・・口が開いたり、目が動いたりする後世の人形に比べれば、格段な相違である。手の指を動かす事はあるが、それも滅多にやらない。するのは、ただ身ぶりである。体を前後にまげたり、手を左右に動かしたりする――それよりほかには、何もしない。はなはだ、間のの・・・ 芥川竜之介 「野呂松人形」
・・・跣足が痛わしい、お最惜い……と、てんでに申すんですが、御神体は格段……お仏像は靴を召さないのが多いようで、誰もそれを怪まないのに、今度の像に限って、おまけに、素足とも言わない、跣足がお痛わしい――何となく漂泊流離の境遇、落ちゅうどの様子があ・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
ある午後「高いとこの眺めは、アアッ(と咳また格段でごわすな」 片手に洋傘、片手に扇子と日本手拭を持っている。頭が奇麗に禿げていて、カンカン帽子を冠っているのが、まるで栓をはめたように見える。――そんな老・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・觀測につきては夙に西人が種々の科學的研究あり、又近く橋本〔増吉〕文學士の研究もあれど、卑見を以てするに、嵎夷、暘谷は東方日出の個所を指し、南交は南方、昧谷は西方日沒の處、朔方は北方を意味し、何れもある格段なる地理的地點を指したるものなりとは・・・ 白鳥庫吉 「『尚書』の高等批評」
・・・別に見たくないという格段の理由がある訳でもなんでもないが、またわざわざ手数をして見に行きたいと思う程の特別な衝動に接する機会もなかったために、――云わば、あまり興味のない親類に無沙汰をすると同様な経過で、ついつい今まで折々は出逢いもした機会・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
・・・しかも或る格段なる作物を取って検して見ると、四種のうちのいずれかがもっとも著しく眼につきます。したがってこの作はどの理想に属するものだと云う事はある程度まで云えます。そうしてこの四種の理想が、時代により、個人により、その勢力の消長遷移に影響・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 文吉は酒井家の目附役所に呼び出されて、元表小使、山本九郎右衛門家来と云う資格で、「格段骨折奇特に附、小役人格に被召抱、御宛行金四両二人扶持被下置」と達せられた。それから苗字を深中と名告って、酒井家の下邸巣鴨の山番を勤めた。 この敵・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫