・・・春といっても横にひろがった薺が、枝を束ねた桑畑の畝間にすっと延び出して僅かに白い花が見え出してまだ麦が首を擡げない頃は其短い麦の間に小さな体にしては恐ろしげな毛を頭に立てた雲雀がちょろちょろと駈け歩いて居る。赤は雲雀を見つけるとすぐ其後に土・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・○桑の実を食いし事 信州の旅行は蚕時であったので道々の桑畑はいずこも茂っていた。木曾へ這入ると山と川との間の狭い地面が皆桑畑である。その桑畑の囲いの処には幾年も切らずにいる大きな桑があってそれには真黒な実がおびただしくなっておる。見逃が・・・ 正岡子規 「くだもの」
近くには黄色く根っ株の枯れた田圃と桑畑、遠くにはあっちこっちに木立と森。走りながら単調な窓外の景色は、時々近く曇天の下に吹きつけられて来る白い煙の千切れに遮られる。 スチームのとおっている汽車の中はどっちかというと閑散・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・「ちいっとばっかり桑畑や麦畑を持ってるから、それでやってくんでござりましょう。が御隠居の目から見なさりゃあ、どいつもはあ気違えのようなもんでござりますよ。 へ……」 作男達の顔には、彼等特有の微笑が湧く。 誰か「エヘン!」と・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 養蚕は比較的一般に行われて、随って桑畑も多い。けれ共、大業にするのではなく、副業にしているのだからその利益もしれたものである。 一年の間、春、夏、秋、と三度蚕を飼ってあがる利益と、自分の畑のものを売った利益などで純農民は生計を立て・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・そうして並木をぬけ、長く続いた小豆畑の横を通り、亜麻畑と桑畑の間を揺れつつ森の中へ割り込むと、緑色の森は、漸く溜った馬の額の汗に映って逆さまに揺らめいた。 十 馬車の中では、田舎紳士の饒舌が、早くも人々を五年以来・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫