・・・むかしのもの語にも、年月の経る間には、おなじ背戸に、孫も彦も群るはずだし、第一椋鳥と塒を賭けて戦う時の、雀の軍勢を思いたい。よしそれは別として、長年の間には、もう些と家族が栄えようと思うのに、十年一日と言うが、実際、――その土手三番町を、や・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 吉田はもう癇癪を起こすよりも母親の思っていることがいかにも滑稽になって来たので、「そんなら椋鳥ですやろうかい」 と言って独りで笑いたくなって来るのだった。 そんなある日吉田は大阪でラジオ屋の店を開いている末の弟の見舞いをう・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・そしてある日、屏風のように立ち並んだ樫の木へ鉛色の椋鳥が何百羽と知れず下りた頃から、だんだん霜は鋭くなってきた。 冬になって堯の肺は疼んだ。落葉が降り留っている井戸端の漆喰へ、洗面のとき吐く痰は、黄緑色からにぶい血の色を出すようになり、・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・遣らねえものは燧木の賭博で椋鳥を引っかける事ばかり。その中にゃあ勝ちもした負けもした、いい時ゃ三百四百も握ったが半日たあ続かねえでトドのつまりが、残ったものア空財布の中に富籤の札一枚だ。こいつあ明日になりゃあ勝負がつくのだ、どうせ無益にゃあ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・たとえば友だちの名をかたってパリへ出かけるいたずら者が、自分の引き立て役に純ドイツ型の椋鳥を連れて行く、その椋鳥のタイプとか、パリ遊覧自動車の運転手とか案内者とか、ベデカと首っ引きで、シャンゼリゼーをシャンセライズと発音する英国老人とかいう・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・盛り場である人がなんの気なしにとった写真に掏摸が椋鳥のふところへ手を入れたのがちゃんと写っていたという話を聞いたこともある。 記憶のいい写真の目にもしくじりはある。 飛行船が北氷洋上で氷原をとった写真を現像したら思いもかけぬ飛行機の・・・ 寺田寅彦 「カメラをさげて」
・・・これらの樹の実を尋ねて飛んで来る木椋鳥の大群も愉快な見物であった。「千羽に一羽の毒がある」と云ってこの鳥の捕獲を誡めた野中兼山の機智の話を想い出す。 公園の御桜山に大きな槙の樹があってその実を拾いに行ったこともあった。緑色の楕円形をした・・・ 寺田寅彦 「郷土的味覚」
・・・ 十六 野中兼山が「椋鳥には千羽に一羽の毒がある」と教えたことを数年前にかいた随筆中に引用しておいたら、近ごろその出典について日本橋区のある女学校の先生から問い合わせの手紙が来た。しかしこの話は子供のころから父に・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・ かおがそんなに奇麗でなくっても、声のきれいなのはそれよりもまして可愛い心持のするもので、みにくいかおの女がなめらかな京言葉をつかって居るのは、ずいぶんと似合わしくないもので、きれいなかおの人が椋鳥式のズーズーでやって居られるとなさけ・・・ 宮本百合子 「芽生」
・・・そこここわがままに生えていた木もすでに緑の上衣を剥がれて、寒いか、風に慄えていると、旅帰りの椋鳥は慰め顔にも澄ましきッて囀ッている。ところへ大層急ぎ足で西の方から歩行て来るのはわずか二人の武者で、いずれも旅行の体だ。 一人は五十前後だろ・・・ 山田美妙 「武蔵野」
出典:青空文庫