・・・ちょうど、私の家では次郎が徴兵適齢に当たって、本籍地の東京で検査を受けるために郷里のほうから出て来ていた時であった。次郎も兄の農家を助けながら描いたという幾枚かの習作の油絵を提げて出て来たが、元気も相変わらずだ。亡くなった本郷の甥とは同い年・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ 今度こそ、眼と耳と両方を使って、彼女の良人は眼と同様に耳も働かせた厳重な検査をし、二度目の、物を云える妻と、結婚しました。〔一九二三年二月〕 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・堤さんも、めでたく卒業なさって、徴兵検査を受けられたのだそうだが、第三乙とやらで、残念でしたと言って居られた。佐藤さんも、堤さんも、いままで髪を長く伸ばして居られたのに、綺麗さっぱりと坊主頭になって、まあほんとに学生のお方も大変なのだ、と感・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・白石は、まえもってこの人たちと打ち合せをして置いて、当日は朝はやくから切支丹屋敷に出掛けて行き、奉行たちと共に、シロオテの携えて来た法衣や貨幣や刀やその他の品物を検査し、また、長崎からシロオテに附き添うて来た通事たちを招き寄せて、たとえばい・・・ 太宰治 「地球図」
・・・それがすむまでわれわれの車は待たなければならないので車から下りて煙草を吸いつけながらその辺に転がっている岩塊を検査した。安山岩かと思われる火山岩塊の表面が赤あかさびいろに風化したのが多い。いつかの昔の焼岳の噴火の産物がここまで流転して来たも・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・この町はずれで巡査に呼止められて検査済の札を貼らされたが、一処に止められた他の車に式場へ急ぐらしい角かくしの花嫁の姿も見えたのは気の毒であった。 東京の行政区劃だけは脱け出しても東京の匂いはなかなか脱けない。それでも田無町辺からは昔の街・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・あの人にしたところで、辰之助さんの子が、今年兵隊検査に帰ったくらいですもの」おひろはぐんぐん言った。そして帳簿をつけてしまうと、ばたんと掛硯の蓋をして、店の間へ行って小説本を読みだした。 その時入口の戸の開く音がして、道太が一両日前まで・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・翌朝出入の鳶の者や、大工の棟梁、警察署からの出張員が来て、父が居間の縁側づたいに土足の跡を検査して行くと、丁度冬の最中、庭一面の霜柱を踏み砕いた足痕で、盗賊は古井戸の後の黒板塀から邸内に忍入ったものと判明した。古井戸の前には見るから汚らしい・・・ 永井荷風 「狐」
・・・東京に帰ればやがて徴兵検査も受けなければならず。また高等学校にでも入学すれば柔術や何かをやらなければならない。わたくしにはそれが何よりもいやでならなかったのである。しかしわたくしの望みは許されなかった。そしてその年の冬、母の帰京すると共に、・・・ 永井荷風 「十九の秋」
・・・この条項のうちわが趣味の欠乏して自己に答案を検査するの資格なしと思惟するときは作家と世間とに遠慮して点数を付与する事を差し控えねばならん。評家は自己の得意なる趣味において専門教師と同等の権力を有するを得べきも、その縄張以外の諸点においては知・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
出典:青空文庫