・・・軍司令官兼検閲官だから、――」 やっと三幕目が始まったのは、それから十分の後だった。今度は木がはいっても、兵卒たちは拍手を送らなかった。「可哀そうに。監視されながら、芝居を見ているようだ。」――穂積中佐は憐むように、ほとんど大きな話・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・陸軍大将の川島は回向院の濡れ仏の石壇の前に佇みながら、味かたの軍隊を検閲した。もっとも軍隊とは云うものの、味かたは保吉とも四人しかいない。それも金釦の制服を着た保吉一人を例外に、あとはことごとく紺飛白や目くら縞の筒袖を着ているのである。・・・ 芥川竜之介 「少年」
・・・十日掛って脱稿すると、すぐある雑誌社へ送ったのだが、案の定検閲を通りそうになかったのである。案の定だから悲観もしなかった。「ああ、あれ、友達に貸したんじゃない?」 家人は吐きだすように言った。私がそのような小説を書くのがかねがね不平・・・ 織田作之助 「世相」
・・・そして手紙の日づけと配達された日との消印の間に二十日ほど経っているが、それが検閲に費された日数なのであろう。そしてその細罫二十五行ほどに、ぎっしりと、ガラスのペンか何かで、墨汁の細字がいっぱいに認められてある。そしてちょっと不思議に感じられ・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・十一時頃、やっとお目ざめになり、新聞ないかあと言い、寝床に腹這いになりながら、ひとしきり朝刊の検閲をして、それから縁側に出て支那の煙草をくゆらす。「鬚を、剃らないか。」私は朝から何かと気をもんでいたのだ。「そんな必要も無いだろう。」・・・ 太宰治 「佳日」
・・・もちろんこのハサミは検閲官のハサミでありません。その上、君はダス・マンということを知っているでしょう。デル・マンではありません。だから僕は君の作品に於て作品からマンの加減乗除を考えません。自信を持つということは空中楼閣を築く如く愉快ではあり・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ この摂氏四十度の暑さと蠅取り紙の場面には相当深刻な真実の暗示があるが、深刻なためにかえって検閲の剪刀を免れたと見える。 兵隊が帰って来た晩の街頭の人肉市場の光景もかなりに露骨であるが、どこか少しこしらえものらしいところもある。・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・ ウィーンのある男は厳重なる検閲のもとにウインドボイテルを六十九個平らげた。彼の敵手は決勝まぎわに腹痛を起こして惜敗したと伝えられている。 こういう種類の競技には登場者の体重や身長を考慮した上で勝敗をきめるほうが合理的であるようにも・・・ 寺田寅彦 「記録狂時代」
・・・それで検閲はパスするが時々爆発が起こるというのである。真偽は知らないが可能な事ではある。 こういうふうに考えて来ると、あらゆる災難は一見不可抗的のようであるが実は人為的のもので、従って科学の力によって人為的にいくらでも軽減しうるものだと・・・ 寺田寅彦 「災難雑考」
・・・ 二十年前に大西洋を渡ってニューヨークへ着きホボケンの税関の検閲を受けたときに、自分のカバンを底の底までひっくり返した税関吏が、やはりこのチューインガムを噛んでいた。これが自分のチューインガムというものに出会った最初の機会であった。勿論・・・ 寺田寅彦 「チューインガム」
出典:青空文庫