・・・東京帝国大学の卒業証書も検閲のために差出したが、この日本文は事務の役人にとって自分の場合のラテン語以上に六かしそうであった。色々記入する書式の中の宗教という項に神道と書いたら、それはどういう宗教だと聞かれて困った。ドイツ語がよく分らなくては・・・ 寺田寅彦 「ベルリン大学(1909-1910)」
・・・して見ると、つまりは純文学の批評家は純文学の方面に関するあらゆる創作を検閲して採点しつつある事になる。前例を布衍して云うと地理、数学、物理、歴史、語学の試験をただ一人で担任すると同様な結果になる。 純文学と云えばはなはだ単簡である。しか・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・を含んでいるんだが、どうも、いくら踏ん張ってもそれが書けないんだ。検閲が通らないだろうなどと云うことは、てんで問題にしないでいても自分で秘密にさえ書けないんだから仕方がない。 だが下らない前置を長ったらしくやったものだ。 私は未・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 五分苅の、陸軍大尉のふるてのような警視庁検閲係の清水が、上衣をぬぎ、ワイシャツにチョッキ姿でテーブルの右横にいる。自分は入口の側。やや離れてその両方を見較べられる位置に主任が腕組みをしている。「編輯会議にはあなたも出ていたそう・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・プロレタリア文学が自分の歴史性を喪って、治安維持法と検閲の枠内だけに棲息する文学になり下るモメントとなった。三二年に国際的決定を見た日本の半封建社会は、その社会に即する半封建の思惟力と文学のよわい脚との上に、プロレタリア文学運動もろとも社会・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・大森義太郎の場合を例にとって、何故彼の映画時評までを禁じたかという、今日における検閲の基準を説明した。それによると、例えば大森氏はその時評の中に、日本の映画理論はまだ出来ていない、しかしと云ってプドフキンの映画理論にふれている。大森氏がプド・・・ 宮本百合子 「一九三七年十二月二十七日の警保局図書課のジャーナリストとの懇談会の結果」
・・・そして検閲料免除になった。だが、あの小説を読んだ真面目な読者は、作者が告げようとしている「真実」の内容が具体的にはっきりしていないことに、苦痛を感じたのであった。青野氏が抒情的な筆致で「民衆の真実」をとりあげた場合、一般化していわれる民衆と・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・だが、検閲はどうだい? 喧しいんだろう? 築地の左翼劇場では、警官が出張して台本と首っ引で坐っているよ。あの通りを行ってるんじゃないか? それに近いような噂だぜ。 ――……実にデマが利いているんだなあ。 ――嘘かい? ――ソヴェ・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・尤も考えてみれば刑務所への手紙は幾重もの検閲を経るのであるから、はっきりしたことの書けるわけはなかったのに、思慮が足りなくて陳弁された。 原稿は、いずれ又のこととして事務上の片は簡単についた。しかし、わたしの心の内には沢山の疑問がのこさ・・・ 宮本百合子 「「どう考えるか」に就て」
・・・戦争がすすむにつれて出版物の検閲は、ますますひどくなって編輯者たちは何を標準に発禁をさけてよいか分らなかった。それほど日本における言論の抑圧は急テンポに進行していた。内務省警保局で検閲をしていた。その役人とジャーナリストたちとの定期会見の席・・・ 宮本百合子 「年譜」
出典:青空文庫