・・・――二人は、各々、自説を固守して、極力論駁を試みた。 すると、老功な山崎が、両説とも、至極道理がある。が、まず、一応、銀を用いて見て、それでも坊主共が欲しがるようだったら、その後に、真鍮を用いても、遅くはあるまい。と云う折衷説を持出した・・・ 芥川竜之介 「煙管」
・・・踏みとどまる以上は、極力その階級を擁護するために力を尽くすか、またはそうはしないかというそれである。私は後者を選ばねばならないものだ。なぜというなら、私は自分が属するところの階級の可能性を信ずることができないからである。私は自己の階級に対し・・・ 有島武郎 「想片」
・・・おまえが一人選んだら、俺たちあとに残された四人は、きれいに未練を捨てて、二人がいっしょになれるように、極力奔走する。成功させるためにきっと尽力する。だからおまえ、本気になってこの五人の中から選ぶんだ。そこに行くと俺たちボヘミヤンは自由なもの・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・そういう趣味ならば、すくなくとも私にとっては極力排斥すべき趣味である。一事は万事である。「ああ淋しい」を「あな淋し」といわねば満足されぬ心には、無用の手続があり、回避があり、ごまかしがある。それらは一種の卑怯でなければならぬ。「趣味の相違だ・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・という小説を、文芸推薦の選衡委員会で極力推薦してくれたことは、速記に明らかである。当時東京朝日新聞でも「唯一の大正生れの作家が現れた」という風に私のことを書いてくれた。「夫婦善哉」を小山書店から出さないかというような手紙もくれた。思えば、私・・・ 織田作之助 「武田麟太郎追悼」
・・・ 記してあるのみならず、平生予に向っても昔し蘇東坡は極力孟子の文を学び、竟に孟子以外に一家を成すに至った。若しお前が私の文を学んで、私の文に似て居る間は私以上に出ることは出来ない。誰でも前人以外に新機軸を出さねばならぬと誨えられた。・・・ 幸徳秋水 「文士としての兆民先生」
・・・色つきのワイシャツや赤いネクタイなど、この場合、極力避けなければならぬ。私のいま持っている衣服は、あのだぶだぶのズボンとそれから、鼠いろのジャンパーだけである。それっきりである。帽子さえ無い。私は、そんな貧乏画家か、ペンキ屋みたいな恰好して・・・ 太宰治 「花燭」
・・・風采はかなりで、極力身なりに気を附けている。そして文士の出入する珈琲店に行く。 そこへ行けば、精神上の修養を心掛けていると云う評を受ける。こう云う評は損にはならない。そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るか・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それよりか船長の一身上の生活の行路の方が気にかかる、その方を旨く取り扱ってくれる方が極力海を描出するよりも大切であり、かつ読者にありがたいのである。余の見るところではコンラッドはその調子を取らない。 これではまだ日高君は首肯されないかも・・・ 夏目漱石 「コンラッドの描きたる自然について」
・・・ファッシズムに対して文化を擁護し、新しいヒューマニズムに向って能動であろうとする人々が、自身の文化を抑圧し、運動を骨ぬきとする自分の国のファッシズムそのものとのたたかいは、極力回避しなければならなかったというのは、何という呪うべき矛盾であっ・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
出典:青空文庫