・・・に堕ちるのも知らず、はかない極楽を夢見ている。 しかしおぎんは幸いにも、両親の無知に染まっていない。これは山里村居つきの農夫、憐みの深いじょあん孫七は、とうにこの童女の額へ、ばぷちずものおん水を注いだ上、まりやと云う名を与えていた。おぎ・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
一 ある日の事でございます。御釈迦様は極楽の蓮池のふちを、独りでぶらぶら御歩きになっていらっしゃいました。池の中に咲いている蓮の花は、みんな玉のようにまっ白で、そのまん中にある金色の蕊からは、何とも云えない好い匂が、絶間なくあた・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・あの男は琵琶でも掻き鳴らしたり、桜の花でも眺めたり、上臈に恋歌でもつけていれば、それが極楽じゃと思うている。じゃからおれに会いさえすれば、謀叛人の父ばかり怨んでいた。」「しかし康頼様は僧都の御房と、御親しいように伺いましたが。」「と・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・地獄も見て来たよ――極楽は、お手のものだ、とト筮ごときは掌である。且つ寺子屋仕込みで、本が読める。五経、文選すらすらで、書がまた好い。一度冥途をってからは、仏教に親んで参禅もしたと聞く。――小母さんは寺子屋時代から、小僧の父親とは手習傍輩で・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・ その光景は、地獄か、極楽か、覚束ない。「あなた……雀さんに、よろしく。」 と女が莞爾して言った。 坂を駈上って、ほっと呼吸を吐いた。が、しばらく茫然として彳んだ。――電車の音はあとさきに聞えながら、方角が分らなかった。直下・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・「ほんとに民子さん、きょうというきょうは極楽の様な日ですねイ」 顔から頸から汗を拭いた跡のつやつやしさ、今更に民子の横顔を見た。「そうですねイ、わたし何だか夢の様な気がするの。今朝家を出る時はほんとに極りが悪くて……嫂さんには変・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・国会とか内地雑居とかいうものが極楽のように喜ばれたり地獄のように恐れられたりしていた。 二十五年前には東京市内には新橋と上野浅草間に鉄道馬車が通じていたゞけで、ノロノロした痩馬のガタクリして行く馬車が非常なる危険として見られて「お婆アさ・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・やがて極楽へゆくであろうが、私はいつも仏さまに向かって、今度の世には、おまえが徳のある人間に生ま変わってくるようにとお願い申している。よく心で、仏さまに、おまえもお願い申しておれよ。おそらく、三十年の後には、おまえは、またこの娑婆に出てくる・・・ 小川未明 「犬と人と花」
・・・女は、やさしい仏さまに道案内をされて、広い野原の中をたどり、いよいよ極楽の世界が、山を一つ越せば見えるというところまで達しました。「さあ、もうじきだ、この山を越すのだ。」と、仏さまはいわれました。 女は、青竹のつえをついて、山を上り・・・ 小川未明 「ちょうと三つの石」
・・・見世物には猿芝居、山雀の曲芸、ろくろ首、山男、地獄極楽のからくりなどという、もうこの頃ではたんと見られないものが軒を列べて出ていました。 私は乳母に手を引かれて、あっちこっちと見て歩く内に、ふと社の裏手の明き地に大勢人が集まっているのを・・・ 小山内薫 「梨の実」
出典:青空文庫