・・・それをもう一遍云い換えると、この三者を自由に享け楽しむためには、その三つのものの背後にあるべき人格の支配を受ける必要が起って来るというのです。もし人格のないものがむやみに個性を発展しようとすると、他を妨害する、権力を用いようとすると、濫用に・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・多くの人は、仲間と一緒の方を楽しむらしい。ただ僕だけが変人であり、一人の自由と気まま勝手を楽しむのである。だがそれだけまた友が恋しく、稀れに懐かしい友人と逢った時など、恋人のように嬉しく離れがたい。「常に孤独で居る人間は、稀れに逢う友人との・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
・・・私は此有様を、「若い者が楽しむこと」として「二分」出して買って見ているのだ。そして「お前の好きなようにしたがいいや」と、あの男は席を外したんだ。 無論、此女に抵抗力がある筈がない。娼妓は法律的に抵抗力を奪われているが、此場合は生理的に奪・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・即ち能く勉め能く楽しむとは此事なり。然るに本文の意を案ずるに、歌舞伎云々以下は、家の貧富などに論なく、唯婦人たる者は芝居見物相成らず、鳴物を聴くこと相成らず、年四十になるまでは宮寺の参詣も差控えよとて、厳しく婦人に禁じながら、暗に男子の方へ・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・その生の働、発達せずして、平安の主義にしたがうこと、わずかに形体の一方に止まりて、未だ精神の愉快なるものを知るにいたらず、あるいはその愉快とするところの境界はなはだ狭くして、身外の美をもっておのずから楽しむの情に乏しきもののみ。なお無智の小・・・ 福沢諭吉 「教育の目的」
・・・そんなら何が今でもこの男に興味を感ぜさせるかと云うと、それは女が自分のためにのぼせてくれるのを、受身になって楽しむところに存する。エピクロス派の耽美家が初老を越すと、相手の女の情欲を芸術的に研究しようと云う心理的好奇心より外には、もうなんの・・・ 著:プレヴォーマルセル 訳:森鴎外 「田舎」
・・・彼また名利に走らず、聞達を求めず、積極的美において自得したりといえども、ただその徒とこれを楽しむに止まれり。 一年四季のうち春夏は積極にして秋冬は消極なり。蕪村最も夏を好み、夏の句最も多し。その佳句もまた春夏の二季に多し。これすでに人に・・・ 正岡子規 「俳人蕪村」
・・・お母さんであるキュリー夫人は八月の三日になったならばそこで娘たちと落合って、多忙な一年の僅かな休みを楽しむ予定であった。 ところが思いがけないことが起った。七月二十八日に、オーストリアの皇太子がサラエヴォで暗殺された。世界市場の争奪のた・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・ そうしてもしも、彼女が君を裏切ったときが来たならば、いとも悲しく細々と、「私は毎夜あなたの夢をひとり見て楽しむことといたしましょう。」と云い給え。 またもし君が彼女を裏切った日が来たならば、「私はあなたの夢となって生涯お怨・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・あれもギリシア人のいわゆるスコレーを楽しむ一つの仕方であろう。 和辻哲郎 「松風の音」
出典:青空文庫