・・・ 地上楽園 地上楽園の光景は屡詩歌にもうたわれている。が、わたしはまだ残念ながら、そう云う詩人の地上楽園に住みたいと思った覚えはない。基督教徒の地上楽園は畢竟退屈なるパノラマである。黄老の学者の地上楽園もつまりは索漠とし・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
一 なぜファウストは悪魔に出会ったか? ファウストは神に仕えていた。従って林檎はこういう彼にはいつも「智慧の果」それ自身だった。彼は林檎を見る度に地上楽園を思い出したり、アダムやイヴを思い出したりしていた。・・・ 芥川竜之介 「三つのなぜ」
・・・是れは悪い事であり又いい事でした。楽園を出たアダムは又楽園に帰る事は出来ません。其処には何等かの意味に於て自ら額に汗せねばならぬ生活が待って居ます。私自身の地上生活及び天上生活が開かれ始めねばなりません。こう云う所まで来て見ると聖書から嘗て・・・ 有島武郎 「『聖書』の権威」
・・・絶対の境界は失われた楽園である。 人が一事を思うその瞬時にアンチセシスが起こる。 それでどうして二つの道を一条に歩んで行くことができようぞ。 ある者は中庸ということを言った。多くの人はこれをもって二つの道を一つの道になしえた努力・・・ 有島武郎 「二つの道」
・・・そしてテーブルの上には、いろいろの花が咲き乱れているばかりでなく、桃色のランプの外に緑色のランプがともって、楽園にきたような感じがしたのであります。けれど、ただ一人父親の姿が見えませんでした。これらの若い男や、女は、たがいによい声で歌い、ま・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・ アフリカは世界の動物園、野獣の楽園として永久に保存したい。天然物保存地帯として少なくもこの大陸内地の大部分を万国協定で指定してほしいと思うのである。 獅子のいる草原の中にどうも地震による断層らしく見えるものが写っている。あとで地震・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・正統的教養の楽園に安住する専門的物理学者の目から見れば、あまりに空想をたくましゅうした叙述が多かったように見えるかもしれない。 しかしこれらの空想にも、自分としては相当な物理学的実証の根拠は持っているつもりであるが、ここではこれについて・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・そしてこのわれわれの衣食住の必要品やぜいたく品を所狭くわずらわしく置きならべた五層楼の屋上にこの小楽園を設くる事を忘れなかった経営者に対してたとえ無自覚にしろ一片の感謝を表しない人はないであろうと思う。 しかしこのごろだんだんいろいろの・・・ 寺田寅彦 「丸善と三越」
・・・そのために気候風土が変転して都市が砂漠になったり、砂漠が楽園に変わったりする。地震なども、いわゆる地震国日本の地震などとは比較にならないような大仕掛けのが時々あって、途方もない大断層などもできるらしい。ロプ・ノールの転位でも事によると地殻傾・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
・・・後を顧みてかの薄紫の貴女及びその妹の事とその門構付の家を想像し、前を見てこの貧困なるしかし正直なる二人の姉妹とその未来の楽園と予期しつつある格子戸作りを想像して、両者の差違を趣味あるようにも感ずる。また貧富の懸隔はかように色気なき物かとも感・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
出典:青空文庫