・・・文芸の上に階級意識がそう顕著に働くものではないという理窟は、概念的には成り立つけれども、実際の歴史的事実を観察するものは、事実として、階級意識がどれほど強く、文芸の上にも影響するかを驚かずにはいられまい。それを事実に意識したものが文芸にたず・・・ 有島武郎 「広津氏に答う」
・・・近松でも西鶴でも内的概念よりはヨリ多くデリケートな文章味を鑑賞して、この言葉の綾が面白いとかこの引掛けが巧みだとかいうような事を能く咄した。また紅葉の人生観照や性格描写を凡近浅薄と貶しながらもその文章を古今に匹儔なき名文であると激賞して常に・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・今日の小学校の教育殊に修身科の如きものに就て、教師が今までの与えられた処の概念をそのまゝ吹き込むことは何等の役にも立つものではない。例えば今日吾々の間に存在する日常の習慣や礼儀等はどれ程の価値あるものであろうか。試みに小学校の修身書を一瞥し・・・ 小川未明 「人間性の深奥に立って」
・・・それが植物という概念と結びついて、畸形な、変に不気味な印象を強めていた。鬚根がぼろぼろした土をつけて下がっている、壊えた赤土のなかから大きな霜柱が光っていた。 ××というのは、思い出せなかったが、覇気に富んだ開墾家で知られているある宗門・・・ 梶井基次郎 「雪後」
・・・少なくともそこにはかわいた、煩鎖な概念的理窟や、腐儒的御用的講話や、すべて生の緑野から遊離した死骸のようなものはない。しかし文芸はその約束として個々の体験と事象との具象的描写を事とせねばならぬ故、人生全体としての指導原理の探究を目ざすことは・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・ここに言う『めし』とは、生活形態の抽象でもなければ、生活意慾の概念でもない。直接に、あの茶碗一ぱいのめしのことを指して言っているのだ。あのめしを噛む、その瞬間の感じのことだ。動物的な、満足である。下品な話だ。……」 私は、未だ中学生であ・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ 浪曼的完成もしくは、浪曼的秩序という概念は、私たちを救う。いやなもの、きらいなものを、たんねんに整理していちいちこれの排除に努力しているうちに日が暮れてしまった。ギリシャをあこがれてはならない。これはもう、はっきりこの世に二度と来ない・・・ 太宰治 「一日の労苦」
・・・鋭さとか、青白さとか、どんなに甘い通俗的な概念であるか、知らなければならぬ。 可哀そうなのは、作家である。うっかり高笑いもできなくなった。作品を、精神修養の教科書として取り扱われたのでは、たまったものじゃない。猥雑なことを語っていても、・・・ 太宰治 「一歩前進二歩退却」
・・・甚だ概念的で、また甘ったるく、原作者オイレンベルグ氏の緊密なる写実を汚すこと、おびただしいものであることは私も承知して居ります。けれども、原作は前回の結尾からすぐに、『この森の直ぐ背後で、女房は突然立ち留まった。云々。』となっているのであり・・・ 太宰治 「女の決闘」
・・・一体金と云う概念については、この女程分からずにいるものは少かろう。その位だから、我身の未来なんぞと云うことも、秘蔵子が考えないと同じように考えないでいる。 こう云う二人が出逢ったのだから、面白く月日を送ることは、この上もない。勿論その入・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
出典:青空文庫