・・・生意気にもかかわらず、親雀がスーッと来て叱るような顔をすると、喧嘩の嘴も、生意気な羽も、忽ちぐにゃぐにゃになって、チイチイ、赤坊声で甘ったれて、餌を頂戴と、口を張開いて胸毛をふわふわとして待構える。チチッ、チチッ、一人でお食べなと言っても肯・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・あの人たちに訳を話すと、おなじ境界にある夥間だ、よくのみ込むであろうから、爺さんをお前さんの父親、小児を弟に、不意に尋ねて来た分に、治兵衛の方へ構えるが可い。場合によれば、表向き、治兵衛をここへ呼んで逢わせるも可かろう。あの盲いた人、あの、・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・ 尤もその頃は武家ですらが蓄妾を許され、町家はなお更家庭の道徳が弛廃していたから、さらぬだに放縦な椿岳は小林城三と名乗って別に一戸を構えると小林家にもまた妻らしい女を迎えた。今なら重婚であるが、その頃は門並が殆んど一夫多妻で、妻妾一つ家・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・が、社長沼南は位置相当の門戸を構える必要があったとはいえ、堂々たる生活をしながら社員が急を訴えても空々しい貧乏咄をしてテンから相談対手にならなかった。 沼南はまた晩年を風紀の廓清に捧げて東奔西走廃娼禁酒を侃々するに寧日なかった。が、壮年・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・特更あれは支那流というのですか病人流というのですか知りませんが、紳士淑女となると何事も自分では仕無いで、アゴ指図を極め込んで甚だ尊大に構えるのが当世ですネ。ですから左様いう人が旅行をするのは何の事は無い、「御茶壺」になって仕舞うようなもので・・・ 幸田露伴 「旅行の今昔」
・・・もし君が壮大な邸宅でも構えるという時代に、僕が困って行くようなことがあったら、其時は君、宜敷頼みますぜ。」「へへへへへ。」と男は苦笑いをした。「いいかね。僕の言ったことを君は守らんければ不可よ。尺八を買わないうちに食って了っては不可・・・ 島崎藤村 「朝飯」
・・・一戸を構えると自から主人らしい心持がするかね」と津田君は幽霊を研究するだけあって心理作用に立ち入った質問をする。「あんまり主人らしい心持もしないさ。やっぱり下宿の方が気楽でいいようだ。あれでも万事整頓していたら旦那の心持と云う特別な心持・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・傍観者と云うものは岡目八目とも云い、当局者は迷うと云う諺さえあるくらいだから、冷静に構える便宜があって観察する事物がよく分る地位には違ありませんが、その分り方は要するに自分の事が自分に分るのとは大いに趣を異にしている。こういう分り方で纏め上・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・言葉を換えて云うといかにして活きべきかの問題を解釈して、誰が何と云っても、自分の理想の方が、ずっと高いから、ちっとも動かない、驚かない、何だ人生の意義も理想もわからぬくせに、生意気を云うなと超然と構えるだけに腹ができていなければなりません。・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・けれどもいくら熊どもだってすっかり小十郎とぶっつかって犬がまるで火のついたまりのようになって飛びつき小十郎が眼をまるで変に光らして鉄砲をこっちへ構えることはあんまりすきではなかった。そのときは大ていの熊は迷惑そうに手をふってそんなことをされ・・・ 宮沢賢治 「なめとこ山の熊」
出典:青空文庫