・・・それから、本家の附人として、彼が陰に持っている権柄を憎んだ。最後に、彼の「家」を中心とする忠義を憎んだ。「主を主とも思わぬ奴じゃ。」――こう云う修理の語の中には、これらの憎しみが、燻りながら燃える火のように、暗い焔を蔵していたのである。・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・……渾名で分かりますくらいおそろしく権柄な、家の系図を鼻に掛けて、俺が家はむかし代官だぞよ、と二言めには、たつみ上がりになりますので。その了簡でございますから、中年から後家になりながら、手一つで、まず……伜どのを立派に育てて、これを東京で学・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・時には、間の悪さを堪え、新聞を見て、大崎まで行き、始めて大家と云うものの権柄に、深い辱しめを感じたこともある。また、寛永寺の傍の、考えても見すぼらしい家を、探しあきて定めようとしたことなどもある。 丁度、その頃赤門の近くに、貸家を世話す・・・ 宮本百合子 「思い出すこと」
・・・ ソヴェト権力はロシアじゅうの古くさくて権柄な村役場を、農民の村ソヴェトにかえた。書類は今までと違うように書かれ、憲法は「働かざるものは食うべからず」ということから書かれるようになって来た。 学校だって、きのうまでのロシアの学校では・・・ 宮本百合子 「プロレタリア婦人作家と文化活動の問題」
・・・文学者の世界は当時の権柄なる者にとってもはや自身の啓蒙のためにも、支配のためにも必要がなくなっており、人間並に扱われなかった。作家は作家としての軽侮をもってこれに報いたのではあったが、経済・政治生活からの閉め出しは、客観的には紅葉を再び魯文・・・ 宮本百合子 「文学における今日の日本的なるもの」
出典:青空文庫