・・・ 客は註文を通した後、横柄に煙草をふかし始めた。その姿は見れば見るほど、敵役の寸法に嵌っていた。脂ぎった赭ら顔は勿論、大島の羽織、認めになる指環、――ことごとく型を出でなかった。保吉はいよいよ中てられたから、この客の存在を忘れたさに、隣・・・ 芥川竜之介 「魚河岸」
・・・と、じっと杜子春の顔を見ながら、「お前は何を考えているのだ」と、横柄に声をかけました。「私ですか。私は今夜寝る所もないので、どうしたものかと考えているのです」 老人の尋ね方が急でしたから、杜子春はさすがに眼を伏せて、思わず正直な・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 私は椅子の背に頭を靠せたまま、さも魔術の名人らしく、横柄にこう答えました。「じゃ、何でも君に一任するから、世間の手品師などには出来そうもない、不思議な術を使って見せてくれ給え。」 友人たちは皆賛成だと見えて、てんでに椅子をすり・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・ さて次の間へ通った新蔵は、遠慮なく座蒲団を膝へ敷いて、横柄にあたりを見廻すと、部屋は想像していた通り、天井も柱も煤の色をした、見すぼらしい八畳でしたが、正面に浅い六尺の床があって、婆娑羅大神と書いた軸の前へ、御鏡が一つ、御酒徳利が一対・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・』とからかうように申しましたが、恵門は横柄にふりかえると、思いのほか真面目な顔で、『さようでござる。御同様大分待ち遠い思いをしますな。』と、例のげじげじ眉も動かさずに答えるのでございます。これはちと薬が利きすぎた――と思うと、浮いた声も自然・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・めて、その挙動を見るともなしに、此方の起居を知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児を片手に、掌を差出したのを見も迎えないで、大儀らしく、かッたるそうに頭を下に垂れたまま、緩く二ツばかり頭を掉ったが、さも横柄に見えたのである。 また泣き出し・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・坊主だけに鰯を食うかと聞くもいいが、ぬかし方が頭横柄で。……血の気の多い漁師です、癪に触ったから、当り前よ、と若いのが言うと、(人間の食うほどは俺と言いますとな、両手で一掴みにしてべろべろと頬張りました。頬張るあとから、取っては食い、掴んで・・・ 泉鏡花 「半島一奇抄」
・・・ 無情冷酷……しかも横柄な駅員の態度である。精神興奮してる自分は、癪に障って堪らなくなった。 君たちいったいどこの国の役人か、この洪水が目に入らないのか。多くの同胞が大水害に泣いてるのを何と見てるか。 ほとんど口の先まで出たけれ・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・が、世間から款待やされて非常な大文豪であるかのように持上げられて自分を高く買うようになってからの緑雨の皮肉は冴を失って、或時は田舎のお大尽のように横柄で鼻持がならなかったり、或時は女に振棄てられた色男のように愚痴ッぽく厭味であったりした。緑・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・ ある日、いつものように駅前にうずくまっていると、いきなりぬっと横柄に靴を出した男がある。「へい」 と、磨きだして、ひょいとその客の顔を見上げた途端、赤井はいきなり起ち上って、手にしていたブラシで、その客の顔を撲った。かつての隊・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
出典:青空文庫