・・・いちばんおもしろいのは、三艘の大飛行船が船首を並べて断雲の間を飛行している、その上空に追い迫った一隊の爆撃機が急速なダイヴィングで小石のごとく落下して来て、飛行船の横腹と横腹との間の狭い空間を電光のごとくかすめては滝壺のつばめのごとく舞い上・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・一番面白いのは、三艘の大飛行船が船首を並べて断雲の間を飛行している、その上空に追い迫った一隊の爆撃機が急速なダイヴィングで礫のごとく落下して来て、飛行船の横腹と横腹との間の狭い空間を電光のごとくかすめては滝壷の燕のごとく舞上がる光景である。・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・芋の子のような肌合をしていたが、形はそれよりはもっと細長くとがっている。そして細かい棕櫚の毛で編んだ帽子とでもいったようなものをかぶっている。指でつまむとその帽子がそのままですぽりと脱け落ちた。芋の横腹から突き出した子芋をつけているのもたく・・・ 寺田寅彦 「球根」
・・・その一つはねずみ色の天鵞絨で作った身長わずかに五六寸くらいの縫いぐるみの象であるが、それが横腹の所のネジをねじると、ジャージャーと歯車のすれ合う音を立てながら走りだす、そうしてあの長い鼻を巧みに屈伸して上げたり下げたりしながら勢いよく走るの・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・その杯状のものの横腹から横向きに、すなわち茎と直角の方向に飛び出している浅緑色の袋のようなものがおしべの子房であるらしく、その一端に柱頭らしいものが見える。たいていの花では子房が花の中央に君臨しているものと思っていたのに、この植物ではおしべ・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・客車の横腹に Fumatori と大きく書いてあるのを、行く先の駅名かと思ったら、それは喫煙車という事であった。客車の中は存外不潔であった。汽車は江に沿うてヴェスヴィオのふもとを走って行った、ふもとから見上げると海上から見たほど高くは見えな・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
一 神保町から小川町の方へ行く途中で荷馬車のまわりに人だかりがしていた。馬が倒れたのを今引起こしたところであるらしい。馬の横腹から頬の辺まで、雨上がりの泥濘がべっとりついて塗り立ての泥壁を見るようで・・・ 寺田寅彦 「断片(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・それ以来はもう口をつけないでただ前足で蛙の頭をそっと押えつけてみたり、横腹をそっと押してみたりしては首をかしげて見ているだけであった。愚直な蝦蟇は触れられるたびにしゃちこ張ってふくれていた。土色の醜いからだが憤懣の団塊であるように思われた。・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・羽根が黒くて腰の黄色い小さな蜂が、柔らかい若芽の茎の中に卵を産みつけると、やがて茎の横腹が竪にはじけ破れて幼虫が生れ出る。これが若葉の縁に鈴成りに黒い頭を並べて、驚くべき食慾をもって瞬く間にあらゆる葉を食い尽さないではおかない。去年はこの翡・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・よく見ていると、そのようなのに限って袋の横腹に直径一ミリかそこらの小さい孔がある事を発見した。変だと思って鋏でその一つを切り破って行くうちに、袋の中から思いがけなく小さい蜘蛛が一匹飛び出して来てあわただしくどこかへ逃げ去った。ちらりと見ただ・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
出典:青空文庫