・・・ 人は境遇に支配されるものであるということだが、自分は僅かに一身を入るるに足る狭い所へ横臥して、ふと夢のような事を考えた。 その昔相許した二人が、一夜殊に情の高ぶるのを覚えてほとんど眠られなかった時、彼は嘆じていう。こういう風に互に・・・ 伊藤左千夫 「水害雑録」
・・・また横臥で夢になって了え。眠ること眠ること……が、もし万一此儘になったら……えい、関うもんかい! 臥ようとすると、蒼白い月光が隈なく羅を敷たように仮の寝所を照して、五歩ばかり先に何やら黒い大きなものが見える。月の光を浴びて身辺処々燦たる・・・ 著:ガールシンフセヴォロド・ミハイロヴィチ 訳:二葉亭四迷 「四日間」
・・・この減摩油の効力を規定する因子としての oiliness は、ある学者の説では炭水素連鎖の屈撓性、あるいは連鎖が界面に横臥しうる性質と関連しているとのことであるが、現在の場合でも連鎖が屈伸自在であればあるほど、金属の molecular な・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・上衣を脱いで右側の机の上に投げ出し机の前に帰ったが同時に名状の出来ない胸苦しさを覚えた。横臥したいと思ったが寝る所がないから机の上に突伏して右に左に頭をもたせてみたが胸苦しさは増すばかりで全身は汗ばんで来た。室の向うの隅に毛布があるのを思い・・・ 寺田寅彦 「病中記」
・・・二十余年の昔、小石川の仮り住まいの狭い庭へたらいを二つ出してその間に張り板の橋をかけ、その上に横臥して風の出るのを待った夜もあった。あまり暑いので耳たぶへ水をつけたり、ぬれ手ぬぐいで臑や、ふくらはぎや、足のうらを冷却したりする安直な納涼法の・・・ 寺田寅彦 「涼味数題」
・・・しかしよく考えてみると枕や寝床の触感のほかに横臥のために起こる全身の血圧分布の変化はまさにこれに当たるものであると考えられる。問題の「車上」の場合にはこの条件が充分に満足されている事が明白である。ただむしろ刺激があり過ぎるので、病弱なものや・・・ 寺田寅彦 「路傍の草」
出典:青空文庫