・・・眼を開かれたことを、マグダラのマリヤに憑きまとった七つの悪鬼を逐われたことを、死んだラザルを活かされたことを、水の上を歩かれたことを、驢馬の背にジェルサレムへ入られたことを、悲しい最後の夕餉のことを、橄欖の園のおん祈りのことを、……… ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
ある春の夕、Padre Organtino はたった一人、長いアビト(法衣の裾を引きながら、南蛮寺の庭を歩いていた。 庭には松や檜の間に、薔薇だの、橄欖だの、月桂だの、西洋の植物が植えてあった。殊に咲き始めた薔薇の花は・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・夜鶯の優しい声も、すでに三越の旗の上から、蜜を滴すように聞え始めた。橄欖の花のにおいの中に大理石を畳んだ宮殿では、今やミスタア・ダグラス・フェアバンクスと森律子嬢との舞踏が、いよいよ佳境に入ろうとしているらしい。…… が、おれはお君さん・・・ 芥川竜之介 「葱」
・・・ 土人の売りに来たものは絵はがき、首飾り、エジプト模様の織物、ジェルサレムの花を押したアルバム、橄欖樹で作った紙切りナイフなど。商人の一人はポートセイドまで乗り込んで甲板で店をひろげた。 十時出帆徐行。運河の土手の上をまっ黒な子供の・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・水色の壁に立てけけた真白な石膏細工の上にパレットが懸って布細工の橄欖の葉が挿してある。隅の方で小僧が二人掛け合いで真似事の英語を饒舌っている。竹村君は前屈みになって硝子箱の中に並べたまじょりか皿をあれかこれかと物色しているが、頭の上の瓦斯の・・・ 寺田寅彦 「まじょりか皿」
・・・アメリカの曠野に立つ樫フランスの街道に並ぶ白楊樹地中海の岸辺に見られる橄欖の樹が、それぞれの姿によってそれぞれの国土に特種の風景美を与えているように、これは世界の人が広重の名所絵においてのみ見知っている常磐木の松である。 自分は三門前と・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・丘には橄欖が深緑りの葉を暖かき日に洗われて、その葉裏には百千鳥をかくす。庭には黄な花、赤い花、紫の花、紅の花――凡ての春の花が、凡ての色を尽くして、咲きては乱れ、乱れては散り、散りては咲いて、冬知らぬ空を誰に向って誇る。 暖かき草の上に・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
・・・ そして青い橄欖の森が見えない天の川の向うにさめざめと光りながらだんだんうしろの方へ行ってしまいそこから流れて来るあやしい楽器の音ももう汽車のひびきや風の音にすり耗らされてずうっとかすかになりました。「あ孔雀が居るよ。」「ええた・・・ 宮沢賢治 「銀河鉄道の夜」
・・・と彫った青い橄欖岩の碑が建ちました。 昔のその学校の生徒、今はもう立派な検事になったり将校になったり海の向うに小さいながら農園を有ったりしている人たちから沢山の手紙やお金が学校に集まって来ました。 虔十のうちの人たちはほんとうによろ・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
種山ヶ原というのは北上山地のまん中の高原で、青黒いつるつるの蛇紋岩や、硬い橄欖岩からできています。 高原のへりから、四方に出たいくつかの谷の底には、ほんの五、六軒ずつの部落があります。 春になると、北上の河谷のあちこちから、沢山・・・ 宮沢賢治 「種山ヶ原」
出典:青空文庫